お知らせ・レポート

2月13日(火)

去る2月13日(火)より、「+クリエイティブゼミ vol.27 まちづくり(公園)編 「仮設のピザ窯に続く、まちの公園をみんなの場所にするためのプログラムを考える」」(公園ゼミ)が始まりました。「公園ゼミ」は2014年度から毎年開講されており、今年度で4年目を迎えます。

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公園で何も起こらない、利用されないのはどうしてなのか、何が必要なのか、という問いかけから「公園ゼミ」は始まりました。どういう公園が必要かという問題意識のもと、公園のあり方を考えた1年目。公園を通じて高齢化社会にどう対応するかを模索した2年目。3年目は、それまで出されてきた多くのアイデアが実際に公園で継続して実施されるにはどうすればよいかについて考え、提案を行いました。

4年目の「公園ゼミ」では、特定の公園を対象とせず、住宅地の中の「街区公園」が近隣住民に積極的に利用され、交流の場となるようなプログラムを考えていきます。

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今回は、受講者は宿題として、自身の公園の思い出、公園での印象的な光景、好きな公園について、画像を1枚準備しています。ゼミの開講にあたって、まず、この画像を題材にして、受講者に自己紹介をしていただきました。立地や規模、時間帯、利用者層など、受講者それぞれの視点から、公園の光景や思い出が取り上げられます。近隣にある公園やトレッキングの先にある眺望の良い公園、子どもたちの遊び場になっている公園、公園それぞれで異なる遊具や設備、催しで賑わっている様子など、公園ついてアイデアを出していく手がかりが見えてきます。

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自己紹介のあと、ゼミの開講にあたってのレクチャーが行われした。これまで高齢化やまちづく、防災など、さまざまなテーマで「+クリエイティブゼミ」が開講されてきました。その趣旨や、これまでのリサーチや提案の事例がゼミの最初に紹介されます。ゼミでは一時的な盛り上がりや集客ではなく、地域で有意義な活動が継続していく土壌を作り上げる「豊穣化」を目指すこと、「土」、「水」、「風」という言葉が、そのためのキーワードとして紹介されます。今回、ゼミの受講生は公園に良い「種(アイデア)」をもたらす「風」になることを目指します。

リサーチの例としては、講座名にもあがっているピザ窯の事例が取り上げられました。良い提案を出すためには、アンテナを広げてたくさんのヒントを収集すること、グループのメンバーどうしでアイデアを出し合い、公園に求められていることと照らし合わせながら、具体的な提案を練っていく過程が重要になります。それぞれのグループに別れたあとも、講師からリサーチの重要性が強調される場面が見られました。

レクチャーのあとはグループ分けを行います。今回は、幼児、小学生、高校生、社会人、ファミリーなど様々な利用者層に応じたグループ案が提示されました。受講者は関心のあるところに参加を表明して、グループが成立していきます。今回は次の4つのグループが成立しました。


・「高校・大学生」
・「社会人」
・「ファミリー」
・「高齢者」



それぞれのグループは次回のゼミに向けて、リサーチとアイデアを出して行くことになります。次回、どんな面白いリサーチやアイデアが現れるのでしょうか。

今回の公園ゼミは、実際の公園の現場で、トライアルを行うことも目指しています。どんな面白いアイデアがみなさんの前に披露されるか、楽しみですね。


「+クリエイティブゼミ vol.27 まちづくり(公園)編 「仮設のピザ窯に続く、まちの公園をみんなの場所にするためのプログラムを考える」」

これまでの公園ゼミ
+クリエイティブゼミvol.12 まちづくり編 これからの公園のあり方について考える。
+クリエイティブゼミ vol.12 まちづくり編 特別版 KIITO×Collective Dialogue「これからの公園のプロトタイプを試行する」公開セッション
+クリエイティブゼミvol.18 まちづくり編 これからの公園のあり方について考える part.2「公園×健康」
+クリエイティブゼミ vol.23 まちづくり編 公園と地域をつなぐ仕組みを考える。

11月29日(水)、ランドスケープアーティストのハナムラチカヒロさんをお招きして、キイトナイト19「まなざしのデザイン」を開催しました。風景異化をキーワードに、私たちが普段見ている“モノ”ではなく“モノの見方”を設計する「まなざしのデザイン」について、ハナムラさんが公共空間で実際に取り組んだ事例を紹介しながらお話ししていただきました。


今回のトークのテーマでもある「まなざしのデザイン」とは、風景を眺める側である“自分”の想像力を、様々な方法でデザインしてあげること。枯山水の砂や小石を水面に見立てる文化があるように、日本人は昔から見立てが得意です。自分で「風景の補助線」を引いてあげることによって、モノの見方を変えることができるのです。風景は「誰か」が「眺める」ことで風景になる、つまり自分と環境との関係性が風景を生み出しているのだとハナムラさんは考えます。ランドスケープデザインというと、環境そのものをデザインすることを指すと思いがちですが、“自分”をデザインすることで、無意識下に埋もれて固定されてしまった「まなざし」を再び風景に異化することができるのです。

では、この考え方はどこで活かすことができるのでしょうか。
それは、街、災害現場、貧困の現場といった問題のある場所。「こんな所でアートを目にするはずがない」と思っている人々のほうが、実は芸術的なものを必要としているのです。ハナムラさんはここ数年、病院でのアートの実践に力を入れています。その中のひとつが「霧はれて光きたる春」という作品。人々が毎日当たり前のように通り過ぎているため、固定化されてしまった病院の縦穴(建物の中心部にある大きな吹き抜け)を利用して、風景を異化する、つまり「まなざしをデザインする」という試みです。縦穴の下から霧を噴出し、その霧が晴れるころに空から大量のシャボン玉を降らせます。すると、そのとき病院にいる人たちがみな、その存在すら気に留めていなかった縦穴に一斉に視線を向けるのです。人種、役割、いろいろな壁が全て取り払われた状態。それはすなわち、「自分がどう見られているか」を全く考えていない状態です。そのような人々が空を見上げる美しい姿には、きちんと意味があります。これは単なるシャボン玉を見る作品ではなく、人々が平等になる瞬間を生み出す作品なのです。
このような取り組みに光が当たることによって、ほかの病院でも「このような企画ができるかもしれない」と勇気を持つことができ、人々が未来の可能性を想像することができるのです。


まなざしは、生成と消滅を繰り返しています。「未知」の風景が「既知」になることでまなざしは消滅してしまいますが、これをまた「未知」化することでまなざしが生まれます。風景という言葉を使っていますが、これは「価値」や「世界」といった言葉に置き換えても成立することで、まなざしは常に構築されたり解体されたりしているのです。そして、この構築を行なっているのがデザイン、解体を行なっているのがアートだとハナムラさんは語ります。問題や課題を解決し、何かの役に立たせよう、機能をもたせようというものがデザイン。どんなに美しい椅子を作ったとしても、座ることができなければそれはデザインとして成立していません。しかし、アートの側面から見た場合、実用性や有用性といった点は重きを置くところではありません。アートとは、私たちに疑問を投げかけてくる存在です。たとえ座ることができない椅子ができあがったとしても、それが「座るとは何か」を問いかけているのであれば、その椅子はアートになりうる可能性を秘めているのです。


一見、価値や意味がないように見えるものの中にそれらを見つけようとする行為は、誰にでもできることですが決して簡単ではありません。私たちの心は「常識」「欲望」「理念」といった多くのものに囚われていて、それらが考えを固定化することによって、自分の都合に合わせて世界を捉えようとしています。そして、人々がそれぞれ自分の欲望をぶつけ合ってしまわないようにするために、法律や倫理観、いわゆる世間体と言われているものといった「自分を外からまなざしているもの」の存在がありますが、経済の損得を優先させることでこれらの存在をないがしろにしてしまえば自分の心には「欲望のまなざし」のみが残ってしまい、余裕のない、自分のことしか考えない人間が生まれてしまいます。ですが、人間は一人で生きていくことはできません。ゆえに古来から、人の正しくあるべき姿を教える「宗教」と人はどうすればより美しく生きることができるかを示す「芸術」の2つがあり、これが前法律等と合わさることで人間の生きる指針になっているのです。一方で、今では宗教の役割が衰退してしまっているのが現状です。そこで、宗教の代わりに芸術の力で人々の倫理観を取り戻していこうと考えたハナムラさんがプロデュースした作品が「モエレ星の伝説」。この企画は、札幌にあるモエレ沼公園を舞台に行なわれる花火大会を“物語花火”として演出したものです。年に一度、モエレ沼公園に星空が降りてくる日にさまざまな妖精たちが集まるという架空の神話をストーリーとし、途中、参加者がアクションを起こす場面を随所にちりばめながら物語は進んでいきます。単に花火を観るだけでは、人々の中には何も残りません。ただ「花火を見に行く」のではなく、この1日があったことによって残りの364日の意味がガラッと変わってしまうほどの力を持った非日常を体験しに行くことが重要で、思い出に残るのは「自分が何かを与えたとき」。私たちの価値観やものの見方が、世界を作っていくのです。


ハナムラさんの視点がぎゅっと凝縮された講演のあとは、参加者同士が数人のグループに分かれて講演内容を振り返るフリートークの時間を設けました。みなさん思うところがたくさんあったようで、身振り手振りを交えながら周囲の方と熱く語り合っていました。
続く質疑応答でも、積極的に質問が飛び交いました。

授業に対する生徒のまなざしや、学校に対する世間のまなざしを変えていきたいと思っている、という教育関係者の方の意見に対しては、昨今の勉強のあり方を問うハナムラさんの考えを語っていただきました。勉強した結果によって大学が決まるのに、その大学のために必死に勉強するというように、今は目的と結果が反転してしまっている教育が目立ちます。学校で聞く授業だけが勉強ではなく、たとえば父親と一緒に行ったプラネタリウムで星を覚えるのも勉強です。これからは、答えを教える教育ではなく、問いを立てる教育が必要なのです。いまの学校教育の外側に、そのヒントがあるのではないでしょうか。


最後に、ハナムラさんはご自身の役割を「旅人」に例えました。旅人は、地域のルールの外側にいる人間。いろいろな地域を見てきた旅人は、その地域でおこなわれていない新しいことを知っているのです。旅人は、他者として地域の人々が見えていないものを指摘し、何かを渡してあげられる役割を持っているのだといいます。つながっていないからこそ、直接声を届けて地域や人をつないでいくことができるのです。

自分が変われば、世界も変わる。見えているようで見えていなかった、自分と環境との関係を見直すことができる貴重な時間となりました。


キイトナイト19「まなざしのデザイン」

12月12日(火)

全4回からなる、「+クリエイティブゼミ vol.26 高齢社会編 “風の人”になるための“種”の作り方を学ぶ実践ゼミpart.1 『パンじぃ、洋裁マダムにつづく、高齢者がワクワクできるプログラムを考える』」がスタートしました。
KIITOでは、2015年から「高齢社会+クリエイティブ」をテーマに、超高齢化社会を迎えている日本において、元気な高齢者がワクワクでき、学んだコトをイキイキと地域社会で生かせる、そんなプログラム(種)をいくつか生み出してきました。男性高齢者が本気でパンづくりを学び、地域デビューする通称「パンじぃプロジェクト」や、女性高齢者が、着なくなった服をリメイクし、おしゃれに磨きをかける通称「洋裁マダムプロジェクト」は代表的な“種”の事例です。
今回の「+クリエイティブゼミ」では、こうした着実に効果をあげつつある既存の“種”に続く新しい“種”を考えていきます。

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第1回目となるこの日は、まずKIITO副センター長の永田宏和から、今回のゼミの目標やこれまでの実践例の紹介がありました。

最初に、プロジェクトを進めていくうえで大切な、地域豊穣化における3つの役割について。生活の質を上げ、人々がイキイキと暮らせるような地域をめざすために、ここではあえて「活性化」ではなく「豊穣化」という言葉を使います。地域には「風」の人、「水」の人、「土」の人がいます。今回のテーマに沿ってあてはめてみると、地域に居続ける「土」の人は高齢者。そして、「風」の人が地域豊穣化のための新しい種(プログラム)をつくり、「水」の人がその種を育てていきます。最近では「光」の人として「メディア」を挙げることもあります。これらの役割は自立していると捉えることもできますが、それぞれが必要となるスキルだと捉えることもできます。

また、種をつくる際に完全なプロジェクトを考える必要はありません。むしろ、隙や穴だらけの「不完全プランニング」を設定することによって、みんなが関わりながらつくりあげることができ、「みんなのもの」としてより定着するのです。
そもそも「クリエイティブ」とは、新しい何かを創り出すために「既存のものをぶち壊す」こと。クリエイティブな発想をするためには、これまでの事業やプログラムを「根本から考え直してみて」「既成概念にとらわれず」「広い視野で」「違う角度から」「情熱と愛情を持って」考えていくことが重要です。そうして生まれたアイデアにデザインを注入し、事業やプログラムに強度を与えてより伝わりやすくするのが「+クリエイティブ」なのです。


ここで、今回のゼミタイトルにも入っている「パンじぃ」「洋裁マダム」をピックアップして、過去のゼミから生まれた種についても触れていきます。
パンじぃは、増加する“社会から独立する男性高齢者”のために立ち上がった「男・本気パン教室」というプロジェクトから誕生したおじいちゃんたち。プロフェッショナルから本格的なパンづくりを学んで、様々なイベントを通してパンを人に振る舞う喜びを知り、東京で出張パンづくりをしたこともあります。洋裁マダムは、“おしゃれでいることで毎日の暮らしに活力を生み出す”ための「大人の洋裁教室」プロジェクトから誕生したおばあちゃんたちです。着なくなった着物をリメイクして、生まれ変わったワンピースでファッションショーを開いたり、手作りしたシャツを着てポートレイト撮影をするなど、年齢を感じさせないイキイキとした様子で取り組んでいました。パンじぃ、洋裁マダムはどちらも、誰かのために自分の技術を活用することで喜びを生み出すプロジェクトなのです。


このような継続する種を生み出すためには、リサーチ強度を上げていくことが一つのポイントとなります。リサーチの手法としては大きく次の3種類が挙げられます。
・ネット検索、書籍、雑誌
・電話、アンケート
・インタビュー、観察
インターネットは便利ですが情報の正確性に欠けるため、なるべく現場に足を運び、直接耳を傾けることがリサーチ強度を上げるコツです。限られた時間とリソースの中で、効率よく、分担し、アイデアを出すことが、的確で有効なリサーチをデザインすることにつながります。
また、+クリエイティブな企画には「シナジー」が必要不可欠です。シナジーとは、相乗効果を意味し、ある要素が他の要素と合わさることによって単体で得られる以上の結果を上げることができる、というものです。その本質は、お互いの違いを認め、尊重し自分の強みを伸ばし弱いところを補う点にあります。自分の考えを押し通すのではなく「どう思う?」と聞くことによって、周囲の意見がプラスされ新しいものが生み出すことができます。協力関係と信頼関係の積み重ねによって、シナジーが創り出されるのです。
そして重要なのは、高齢者が“ワクワク” “イキイキ”の両方を実現できるプログラムを考えるということ。それを叶えるためには、高齢者のニーズと地域のニーズの両方の側面から捉えていく必要があります。誰とやるか、どこと組むか、お金はどのくらいかかるのか、逆にお金をかけずにできる方法を考えるのか等、具体的なアクションプランを練っていきます。


ゼミに対する意気込みを新たにした所で、いよいよチーム分けをします。今回は、あらかじめ設定されたテーマの中から、自分が興味のある分野ごとに分かれるという手法を取りました。さらに、「この中にやりたいテーマがない」というゼミ生は新たにテーマ設定をしてもよいというルールのもと、いくつかテーマが加わりました。“3名以上でチーム成立”という条件付きで分かれてもらう中で、テーマにかける想いをゼミ生が熱く語る場面や、その想いに動かされてテーマを移動するなど小さなドラマが生まれ、最終的に次の6つのチームが誕生しました。

◇食
◇ものづくり(DIY)
◇音楽・ダンス
◇観光
◇メディア(カメラ・編集・イラスト)
◇医療

全体での自己紹介のあと、ゼミ生たちは各チームに分かれ、さっそくテーマに対する自分の考えを熱く語り合っていました。既に、用意した付せんを使いアイデアを貼り出し始めているチームもあり、それらを元に第2回に向けたリサーチ計画を立てていきます。

 
 

次回は、リサーチを元にしたグループワークです。いったいどんなアイデアが生まれるのでしょうか。




+クリエイティブゼミ vol.26 高齢社会編 “風の人”になるための“種”の作り方を学ぶ実践ゼミpart.1 『パンじぃ、洋裁マダムにつづく、高齢者がワクワクできるプログラムを考える』
※全回聴講可|聴講希望の方は、school@kiito.jpまで、聴講希望日・氏名・アドレス・電話番号をお送りください。

11月26日(日)、KIITO CAFEにて「神戸野菜学vol.4 きのこ」が開催されました。
KIITO CAFEの運営パートナーである「はっぱや神戸」とKIITOの共同企画である「神戸野菜学」では、「旬の野菜」をテーマに様々な角度から野菜について学び、よりおいしく食べるための知識を深めます。今年度4回目のテーマはきのこです。
野菜「学」らしく、チャイムの音と起立・礼の号令とともに、いざディープなきのこの世界へ!


神戸野菜学ではおなじみの「はっぱや神戸」加古憲元さん、祐樹さんご兄弟に加え、今回のテーマ・きのこにちなみ、深山農園の深山陽一朗さんをお招きし、ご自身の栽培するしいたけを中心にきのこについてお話ししていただきました。
まずは、ウォーミングアップのきのこクイズから。日本のきのこは見つかっているだけで5,000種類、その中に毒きのこは700種類も存在します。きのこの写真を見て、食べられるきのこか毒きのこかを当てていきますが、市販のきのこに似ているのに毒があったり、いかにも毒がありそうな見た目なのに食べることができるきのこだったりと、なかなか判断が難しく参加者のみなさんも正解発表のたびに驚いている様子でした。


きのこって何者?
きのこは、すべての生物を5つの界に分ける「5界説」でいうと「菌界」という部類に入ります。この菌界は、もとを辿れば植物が生まれる以前からあり、つまり人間の祖先とも言えるのです。
チーズの青カビや酒造りの酵母も菌界に含まれますが、きのこはカビの仲間に分類されます。私たちが普段目にしているきのこの形状は木の中から外に出たときになるもので、木の中では糸のような菌そのものの形をとっています。また、きのこは別名「子実体」と呼ばれ、子孫を残すために飛ばす胞子を宿しているという性質に由来します。

しいたけのつくり方
しいたけのつくり方には、菌床栽培と原木栽培の2種類があります。しいたけの原木はその名の通りシイの木で、深山さんの農園では菌床栽培の際、シイの木のほかにナラの木やコナラの木も原料として使っています。それらの木のおがくずを少量の水と混ぜたものが菌床です。水は、民家もないような山の上の方からひいたとても綺麗な水を使っているそうです。この菌床にしいたけの基になる菌を入れ、ブロック状に密封して4ヶ月ほどおいておくと中で菌が熟成し、おがくずがだんだん白くなっていきます。そして熟成後、菌床を開封するとしいたけが発生し始めます。開封後は収穫期間が半年間続きますが、その間しいたけがずっと発生し続けるわけではありません。発生が止まったら、菌床を棒で叩いて刺激し、再びしいたけの発生を促します。1つの菌床からは約半年間で1kgのしいたけが収穫できます。なお、収穫が終わった菌床は、牛糞と混ぜて堆肥として使われたり、カブトムシ販売店に引き取られるなどして再利用されています。
栽培中は、菌床に虫がわいてしまうこともあるそうですが、農薬は使えないので、虫の卵は60℃ほどのお湯をかけることで駆除しています。また、菌床からほかのカビが生えてこないよう、カビの発生条件を考慮しながら適正環境を保つように栽培しています。

ちなみに、「きのこは洗って調理した方がいいのか」という疑問の声をよく聞きますが、基本的には洗う必要はないそうです。菌床栽培のきのこはきれいな状態で、原木で育てるきのこも、木の表面の木くずが付いていることはありますがそれを取り除いてしまえば問題ありません。


きのこの保存方法
常温、冷蔵でそれぞれ1週間経った状態のきのこを数種類、実際に見せていただきました。
常温保存したきのこはしぼんでカラカラになってしまい、中でもササクレヒトヨタケはほとんど形が無くなっていました。また、保存時に笠を上にするか下にするかでも状態が変わってくるといいます。保存する際は湿気を保ちやすい新聞紙で包むことをおすすめしますが、基本的には早く食べるのがよいでしょう。


お気に入りのきのこを見つける
しいたけ、なめこ、バイリング、あぎ茸、たもぎ茸、すぎ茸、ササクレヒトヨタケ、トキイロヒラタケ、山伏茸、きくらげ、エリンギ、ジャンボマッシュ。これら12種類の個性的なきのこがずらりとテーブルに並べられ、大試食会が行なわれました。一言できのこといっても、その特徴は様々。参加者たちは、手元のマイきのこシートにそれぞれの味や香り、食感をメモしたり、深山さんや加古さんに直接質問をしながら、お気に入りのきのこを探しました。

 
 

保存食づくり
きのこの味の違いを楽しんだら、いよいよ保存食づくりです。今回は、フランス郷土料理が食べられるワインバー「クレイエール」のシェフ・吉川修司さんに、「ヴィネグレット(きのこのマリネ)」の作り方をお教えいただき、実際に料理しました。簡単に言うと、きのこの酢漬けです。参加者は大きく2班に分かれ、役割分担をしながら協力して調理しました。出来上がったヴィネグレットは、瓶に詰めてお土産として持ち帰りました。


最後に、吉川さんによるきのこのキッシュ、しいたけのエスカルゴバター、きのこと鶏肉のフリカッセが振る舞われました。加古さんと深山さんもテーブルの輪に加わり、参加者のみなさんと交流する時間もたっぷり設けられ、知識もお腹も満たされた神戸野菜学vol.4でした。

 
 

神戸野菜学vol.4 きのこ

10月29日(日)、日本酒学「蔵元が語る、日本酒造りと楽しみ方」を開催しました。会場は、10月23日に引き続き大丸神戸店6階の「M BASE」です。
今回の講師は、剣菱酒造株式会社 社長の白樫政孝さんと、播州地酒ひの 店主の日野明さんのお二人。前回同様、実際に試飲しながら奥深い日本酒の世界へと足を踏み入れます。


剣菱酒造の歴史
剣菱酒造は永正2年(1505年)に伊丹で創業し、約500年の歴史があります。灘に移ったのは昭和3年。その頃、応仁の乱から逃れてきた京都の職人が池田・伊丹にたどり着き、酒蔵がさかんになったことで日本酒の商売が始まりました。それまでのお酒は、旨味といえば「甘み」、甘ったるいか味がないかのどちらかでした。しかし、飲み始めは甘く後口は残らない焼酎が生まれると、伊丹の酒が途端に人気になったのです。

剣菱の日本酒にはファンも多く、幕末の志士たちに影響を与えた頼山陽や、学者の藤田東湖が有名です。また、薩摩藩に酒を贈ったという記録も残っています。中でも藤田東湖の弟子である山内容堂にまつわるエピソードで、かの坂本龍馬の脱藩は剣菱の一気飲みで許された、という話があります。脱藩した坂本龍馬を自分のもとに置いていた勝海舟が、何とか彼を許してもらおうと考えていたあるとき、下田で容堂から一杯飲もうと誘いを受けます。この機会を利用しようと考えた勝は容堂の泊まる寺へと赴き、頃合いを見て「いまお宅の坂本龍馬を預かっているのですが、どうか許してやってもらえませんか」と切り出します。その日の容堂はかなり酔っており、腰につけた剣菱入りのひょうたんを取り出すと「これを一番大きな盃で一気飲みしたら許してやる」と言ってきました。勝は下戸だったのですが、仕方がないと一気に飲み干します。その様子を見て「あの勝が飲むくらいだから龍馬は良い男なんだろう」と、脱藩を許したのだとか。

このような逸話が残っているように、幕末までは多くの人に嗜まれ調子が良かった剣菱ですが、明治維新以降、酒税が上がったことや米騒動での米の価格高騰など様々な理由で3度も倒産の危機に直面しました。その後、もともとは大阪で小売店を営んでいた白樫さんのひいおじいさまが大正13年に剣菱を買い、3年後に灘に移り現在に至ります。灘へと移った理由としては、水の質の良さ、運搬のしやすさ、宮水の存在が決め手だったといいます。


剣菱酒造を支える3つの家訓
今や日本酒を世界に輸出している剣菱は、酒造り専用の道具を自分たちの手で作ることもあるほどこだわりの深い酒造です。その酒の味は創業以来500年、ずっと変わっていないと言われています。剣菱酒造の酒造りの伝統を、じっくりと語っていただきました。

剣菱酒造にある3つの家訓の1つ目は「止まった時計でいること」。世間の日本酒の味のブームには変化がありますが、その味は何百年もの流れの中でまた戻ってきます。しかし、何が流行っているかを聞いて作り始めるのでは遅い。それでは「遅れている時計」と同じです。それならば、同じ味を造り続ける「止まった時計」でいよう、というのが1つ目の家訓です。「味の流行に惑わされず、今までのお客さんが美味しいと飲んでくれた味、また自分が作っていちばん自信がある酒を造り続けなさい。そこに迷いが出ればお客さんの味にも迷いが出る」と。長く続く酒蔵だからこその説得力がありました。
2つ目の家訓は、「酒造りにかける費用を惜しむな」。お客様からいただいたお金で新しいお酒を造っているのだから、ひと手間かけて美味しくなるのであれば費用を惜しむような真似はしないこと。「この米を使ったらもっと美味しくなる」と思ったら買いなさい、という教えだそうです。
3つ目は、「背伸びをしたら買えるくらいの価格帯にする」。お酒は、料理とともに楽しむことで料理をより美味しくします。そしてお酒は、その美味しい料理を食べることによって私たちを幸せな気分にさせてくれるという役割を持っているのです。しかし、値段が高すぎるとそれを気にしてうまく酔えないということもあるため、ちょうどよい適正な価格が必要です。経営していく上で高い価格をつけたお酒を売ることも重要ですが、やりすぎはお客さんとの信頼関係を失うことになりかねません。
これらを達成するために、剣菱酒造では「マス広告(テレビや雑誌等の広告記事)を考える」「セールスマンを1人も置かない」を実践しています。この2つをすることでコスト削減につながり、お客様に向けた「背伸びしたら買える値段」になるのです。

伝統を守り続ける剣菱
昨今、いわゆる「生酒」と分類されるようなフルーティーで飲みやすいお酒が注目されていますが、剣菱はその分野には手を出さない、と白樫さんは力強く言います。
そもそも、生酒は日本酒と製法が全く異なります。大吟醸や吟醸のように米をたくさん削ったお酒というのは、削れば削るほどフルーティーな香りがする代わりに、削った分旨味が減るため味わいが薄くなります。ゆえに、日本酒とは正反対に位置するのです。作り方を根本的に変えてしまっては家訓に反します。香りが華やかな大吟醸のような酒が剣菱で生まれたら新鮮ですが、それはこれまで守ってきた「剣菱の味わい」ではないのです。
広島にあるお酒を勉強する機関に半年間在籍していた白樫さんは、剣菱は教科書に載っていないことばかりやっており、それは剣菱にしか残っていないような昔ながらの造り方をしているのだと気づいたそうです。

日野さんの店を訪れる酒造りに携わる人は、みな口を揃えて「剣菱は別次元の神様のような蔵だ」と言います。同じ灘の酒蔵でも、コンピューターを使って自動で大量に造っているところが多い中、造り方から道具まで、剣菱みたいな大手がどうしてこんな造り方をしているのか、と疑問の声が上がるほど、全てにおいて手づくりにこだわっています。
その中のひとつが、桶です。剣菱では酒造りの米を蒸す工程で木の桶を使っていますが、この桶は外注に出さず手作りしています。その中で米を冷やす際、効率よく行なうため明け方の一番寒い時間帯に作業するのですが、このときに桶がステンレス製のものだと温度差によって内側に結露が発生してしまいます。結露の水滴は酒造りに良くないので、熱伝導率が低く多少の水なら吸ってくれる木製の桶を使用しているのです。


試飲で味わう歴史の味
年ごとに米の出来不出来が違うと商品にばらつきが出てしまい買う時に困ってしまうため、剣菱の商品は全て、複数年度のものをブレンドして常に同じ味にしています。今回参加者が試飲したのは、以下の3種の日本酒を、常温の状態と熱燗にしたものの計6パターンです。

①黒松剣菱
アルコール添加している本醸造酒で、剣菱の中でもいちばん歴史が古い日本酒です。だいたい1年~4年ものをブレンドしており、米は山田錦と有山(震災までは剣菱専用米だったもの)を使用しています。醤油や味噌と言った、料理のさしすせそを使った和食や鶏肉、豚肉に合う一方で、白身魚など淡白な味の和食とはあまり相性がよくありません。

②黒松剣菱 樽酒
一般ではなかなか飲む機会がない、日野さんが店用に樽で買っているものを特別に用意しました。昔は樽の状態で江戸に運ばれていたため、一般人にとって樽酒の味=剣菱の味だったようです。旨味が多く独特の風味がするお酒で、日本酒初心者にはまず出さない通の味。

③瑞穂剣菱
2年間熟成したものをブレンドした純米酒。米は山田錦を使用しています。


ところで、剣菱では本醸造や純米酒のような「特定名称酒」の名称を明記していないため、酒税法では普通酒扱いとなっています。それは、剣菱が使用する米の種類や割合を毎年変えているから。「今年のこの米だったら、何%削ったらいつもの剣菱の味になる」というように判断をしているうえ、年代別に多種をブレンドしているため、精米具合(米を削った量)をいちいち明記していたら大変な作業になってしまうのです。肩書が明記してあったほうが売りやすいのですが、剣菱は、そうして酒の味が変わってしまうことよりも肩書無しで今までの味を守ることを選びました。このことからも、伝統を守る強い信念が伝わってきます。


日本酒と相性の良い料理とは
淡麗辛口が流行った時期がありましたが、味の濃い料理を合わせると剣菱の酒感が抜けてしまうし、逆に味の薄い料理を合わせても剣菱が勝ちすぎてしまいます。
日本酒やワインは足し算、もしくは掛け算のお酒です。料理と酒の相性が合えば美味しさはプラスされて何倍にもなります。日野さんいわく、「この酒に合う料理を作ってくれ!」という声が一番嬉しい反面、料理とのマッチングは非常に難しいのだとか。似たような味同士を合わせてみる、という方法が一番わかりやすいのだそうです。

また、後半は参加者から質問が出る場面もあり、「山田錦が作りづらいなどの状況になると酒造りにも影響があるのか」という質問に対しては、「温暖化と言われているが、米は暖かいところで育つのであまり影響はなく、山廃に関しては製法は変わっていない」というやり取りもありました。


1時間半、たっぷりと日本酒、そして剣菱酒造について語っていただいたワークショップ。
脈々と受け継がれてきた酒造りの技、そしてそこから生み出された深い味わいを堪能することができました。


日本酒学「蔵元が語る、日本酒造りと楽しみ方」

2017年11月24日(金)

様々な分野で活躍されているデザイナーの方々にお越しいただき、仕事の紹介やその進め方、デザインの考え方や今後の活動について、お話をしていただく、デザイン・トークイベント「Designers」。

講師であるDESIGN MUSEUM LABの久慈達也さんに、お話していただいた内容をレポートにまとめていただきました。

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「海外でデザインを学ぶ」レポート 久慈達也さん(DESIGN MUSEUM LAB/デザインリサーチャー)
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11月24日(金)、デザイン・クリエイティブセンター神戸でトークイベント「Designers15 デザインレポート02:海外でデザインを学ぶ」が開催された。演題にいくつもの冠がついているのは、本イベントが例年5月末に開催されてきたミラノサローネ報告会の流れを組むものだからである。

5月26日の「デザインレポート01:ミラノサローネ」では、デザインスクールの展示に焦点を当て毎年4月に開催されるミラノデザインウィークの現状報告を行った。振り返りの中で一時的な展示会だけでなく、デザインスクールそのものについて取り上げてみるのもよいだろうということになり、今回は留学経験のある若手デザイナーに話を聴くことにした。

人選にあたっては後進への影響を鑑み、留学を終えて数年以内のフリーランスであることを基本に検討した。結果として、岩元さんにお願いしたのは、神戸にゆかりがあることに加え、自主企画のグループ展を開催するなどクライアントワーク以外の活動実績があったことが大きい。自らの生業だけでなく、視野広くデザインを社会に位置付けられるかどうか。デザイン都市・神戸に集うデザイナーはそうあってほしいと願ってのことである。

当日、岩元さんには自作の紹介を織り交ぜつつ、留学の動機に始まり、留学準備、留学中の生活サイクルや課題に対する取り組み方、さらには帰国後のフリーランスとしての活動、自主企画の展覧会「Re-Importation」の紹介まで、じっくりとお話いただいた。あわせて質問用紙を使っての質疑応答にも丁寧に答えていただいたので、留学を検討している方々には貴重な時間となったことだろう。




以下に続くレポートでは、岩元さんの発表順序に沿って彼のスイスでの留学体験を紹介するとともに、時間の都合で割愛した各国のデザインスクールの施設設備について筆者の知りうる範囲で補足する。


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●きっかけとしてのDESIGN SOIL
学部2年生のとき、DESIGN SOILというプロジェクトが始まることになった。ゼミの先生が講義で「ミラノサローネというお祭りのようなイベントがある」ということを熱く語っていたこともあって、参加することに決めた。

DESIGN SOILは教員と学生がフラットな関係性で議論しながら互いに作品を作り、ミラノサローネという場所で発表するというプロジェクト。1年目が「survenir(※お土産)」というテーマで、「梱包状態で飛行機内持ち込みが可能な大きさになる家具」の提案だった。サイズに制約があったことが、シンプルであることやミニマムさを重視する現在の自分のデザインの基本になった。

●海外への興味を育てたミラノサローネ
2011年に若手の登竜門と呼ばれるサローネサテリテに初めて出展した時、海外の学生作品を見て、自分とのレベル差を痛感させられた。一方で、プロも学生も関係なく、作品を多くの人に見てもらえる場所だったので、次回もまた出展したいと思った。英語の必要性もこの時に感じた。ブースに立っていると英語で話しかけられるし、自分の作品も説明しないといけない。



ローザンヌ州立美術大学(以下ECAL)を意識したのは、翌年のミラノサローネに出展した時だった。「今勢いがある大学」ということで展示を見に行ったところ、作品の面白さに加え、大学としてのプロモーション能力にも驚かされた。デザイン・アカデミー・アイントホーヘンやロイヤル・カレッジ・オブ・アートなど、今まで考えたこともないような視点で作品を展示していた他の大学にも魅かれたが、最終的に留学先としてECALを選んだのはトマス・アロンソの存在が大きい。彼のミニマムな造形表現に影響を受けたので、彼が講師を勤めているECALで勉強したかった。

●留学に向けての準備
受験に先立ち、まずはフィリピンで3ヶ月の語学留学をした。朝8時から夜8時までの授業。さらに2時間の自習というスパルタなコース。ECALの1次試験は書類選考で、2次試験が面接だった。日本と違って試験にスケッチはなく、受験者がそれまでどういう経験を積んできたのかが重視される。入学希望者にはプロのデザイナーも多く、BMWやHAYなど現場で経験を積んだ上で入学してくる。Master in Productコースにはその年、15名の合格者がいた。



●実践的なプロジェクトベースの授業
CADや工房にある機材の使い方を学ぶ基礎的な授業以外は、自分の作りたいものを作るフリープロジェクトと、企業と一緒に行う産学連携のブリーフプロジェクトを同時進行でこなす。ブリーフプロジェクトはその年々によって変わり、自分たちの年次はジャスパー・モリソンがディレクションするスイスのテクノロジー・メーカーpunktだった。

●リサーチから始まる
チューターとしてデザインスタジオBIG-GAMEのオーギュスティン・スコット・ドゥ・マルタンヴィルがつき、週2回のミーティングが行われた。中間発表のような大きなプレゼンには外部講師がそこに加わる。先生は課題に対しては辛口で、自分が考えていることと提示しているアイデアの辻褄があっているかどうかをチェックされる。「まだ遠いよ」と何度も言われた。まずはきちんとリサーチすることを求められる。「その会社らしさ」も重要な判断基準の一つだった。

プロジェクトが佳境を迎える一番忙しい時期は、朝6時に起きて学校に向かい、工房で時間の許す限り試作をする。出来上がったプロトタイプを前に、先生と30分程度のミーティングを行い、22時頃まで工房での作業が続く。帰宅してからはプレゼンの用意などをして、1時過ぎに寝るという生活だった。



●デザイナーとして必要なことを教えられる
企業とのプロジェクトでは、自分の提案が商品化されるとロイヤリティが入ってくる。だから、みんな一生懸命頑張った。ただし、ロイヤリティの半分は大学の取り分になる契約になっている。ブリーフプロジェクトのような実践的な形式が、日本と海外のレベルの差につながっていると感じる。また、制作スキル以外にも写真の撮り方の授業があるなど、自分の作品をどのように見せるかということも教わった。プロモーションの技術はフリーランスとしてやっていく上でも役に立っている。



大学の制作環境は充実していたと思う。工房にはレーザーカッターのほか、CNC加工機などが揃っており、機材の使い方も教えてもらえる。様々な素材を集めたマテリアル・ライブラリーもあった。広めの廊下では、バカラとのコラボレーションなど、他コースのプロジェクト成果がいつも展示されていて、そこからも刺激を受けた。



●帰国に向けた終了制作
修了制作は、ヨーロッパではほとんど見かけない遠赤外線ヒーターを題材に選んだ。日本に戻ると決めていたので、日本での仕事につながるような作品にしたかった。ヒーターを分解してリサーチを重ねた結果、プラスチックのパーツが熱をこもらせ、故障の原因になることがわかった。既存のモノの問題点をしっかり理解しながら、自分の作りたいフォルムに落とし込んでいく方法はECALでの学びの一つだ。最終的にはアイコニックな日本の形である「提灯」をベースに造形を整えていった。



●帰国後、やるべきこと
2016年の6月に帰国してすぐ、Re-importationという展覧会の準備を進めた。一時帰国した際に参加したトークイベントで「日本の若手デザイナーはどこにいるのか?」と問いかけられたのがきっかけだった。11月に外苑前のギャラリーでECALの卒業生4名に、イギリスから2名とオランダから1名が参加した。展覧会で伝えたかったのは、国内の大学を出てそのまま企業に入るのではなく、海外という選択肢もあるということ。昨年の展覧会を見に来てくれた人が、今年ECALに留学しているので成果は感じている。


(Re-importation01)(Re-importation02)

個人の活動としても、ありがたいことにいくつかの作品が商品化されている。スツールはECAL留学中に制作したスツールが国内メーカーから、DESIGN SOILで最初に作ったコートハンガーはスペインの会社から。見本市に出展してクライアントを見つけるのが自分の活動スタイルである。



今後の予定としては、来年のミラノサローネ出展はもちろん、Re-importationの第3回目も企画している。次回は海外留学経験者ばかりでなく、日本の若手デザイナーのハブとして様々な人が関われる展示会にしたいと思っている。

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スライドトークに引き続き、フロアからの質問に答えていただいた。多かったのは語学と資金についてだが、それらは当日場を共有した皆さんの胸の内にしまっておくことにしたい。その他の質問から気になったものをいくつか紹介しよう。

Q.留学する前にやっておくと良いことは?
A.コミュニケーション能力。英語に限らず、人との壁を作らずに気兼ねなく話せるのが大事。

Q.日本で取り入れるべき授業はありますか?
A.スイス全土のアートスクールが一堂に会して議論するプログラムがあった。卒業制作のヒントを得られるなど、同世代の関心を把握できる良い機会であった。

Q.デザインで大切にしていることはなんですか?
A.わかりやすさ。作品を通してエネルギーをかたちにすること。

Q.海外でそのまま働こうとは思わなかったのか?
A.デザイナーの多くは自分の文脈をよく理解している。どんなところで生まれ、どんな生活をしてきたのか。それがデザイナーの個性となって表れる。自分も一度日本に戻り、立ち位置を見据える必要があると考えた。

Q.テクノロジーがデザインに与える影響は大きいと思うが、フリーランスだと制作環境に制約が多いのではないか?
A.確かにECALでは工房が充実していたからできることがあった。何人かでシェアをして工房を作ることも考えている。

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補足:デザインスクールの施設設備

制作の場となる工房の充実や他者の展示に受ける刺激。これらの重要性は岩元さんの発表の中でも指摘されていたことだが、奇遇にも海外のデザインスクールを特徴付ける要素として筆者もスライドを用意していた内容だった。

ECALに限らず海外のデザインスクールは、工場をリノベーションして校舎にしている事例が多い。ECALは縫製工場、カールスルーエ造形大学は砲弾工場、スウェーデン国立美術工芸大学はエリクソン、デザイン・アカデミー・アイントホーヘンはフィリップスという具合にそれぞれの「お膝元」の工場を転用している。神戸であれば、神戸製鋼か川崎重工業の旧工場に芸術大学が入居していると考えればわかりやすいだろう。


 
(カールスルーエ造形大学)(スウェーデン国立美術工芸大学)

これまで見学した学校は、元工場という空間を生かしていずれも展示に使える空間を多く確保していた。同じ学校に通う学生がどんな考えでモノを生み出しているのか、どんなクオリティで制作をしているのかを知ることは、モチベーションの維持だけでなく、視覚的な知識の獲得という面でも無視できない。デザインスクールには展示場所として使える大小様々な空間が望まれる。

発想が実現できるかどうかに関わる制作環境は、さらに大きな意味を持つ。近年、シンガポールのデザインは活況だが、約10年前にシンガポール国立大学のデザイン・インキュベーション・センターに見学に行った際、その制作設備の充実ぶりに驚かされたことを思い出す。作るために必要な設備はその種類と制作可能サイズの双方において重要だ。同時に、学生の安全確保に努めていたスウェーデン国立美術工芸大学には見習うべき点が多い。


 
(シンガポール国立大学)(スウェーデン国立美術工芸大学)

一方で、デザイナーにとっての制作環境は、学校のみの問題ではない。アイントホーヘンを例に挙げれば、Sectie Cはじめ若手フリーランス・デザイナーが入居できるスタジオの規模は日本とは比較にならない。制作環境は制作物のスケール感に直結する。街としてクリエイティビティやイノベーションを求めるなら、若手デザイナーが存分に活動できるような支援体制が必要だ。神戸市でもKIITOやデザイン都市の諸活動を通して、スタジオ支援の体制や各種機材の使用ができる場を検討してほしい。


(sectie C)

●まとめにかえて
岩元さんとのトークを振り返ってみると、2つの「姿勢」が印象的だったことに気づく。1つは、彼が目の前の課題に対してきちんと回答を出してきたということ。DESIGN SOILやECALでの課題については当たり前かもしれない。が、Re-importationのきっかけとなった問いかけはどうか。問いがはっきりと自分に向けられていない場合、誰もが答えを用意するわけではない。

もう1つは、次の一歩を踏むための歩幅のちょうど良さ。いきなりスイスに向かわないこともそうだし、帰国を見越してテーマを設定することもそうだ。振り返ってみれば、進むべき道とそこに向けて必要なことを見極めた上での「適切な」選択だったと思わせる「現在」がある。「キャリアデザイン」という言葉は嫌いだが、進路決定においても、彼はデザイナー的であったということだろう。これからのより一層の活躍に期待したい。

去る11月1日(水)から30日(木)まで、パンの食べ歩きイベント「神戸 PANPO 2017」が開催されました。

2013年にスタートした「KOBE パンのまち散歩」の一環として開催されている「PANPO(パンポ)」では、会期中、参加各店舗が食べ歩きに適した小さなサイズのパンをオリジナルの紙袋に入れて販売します。5回目を迎える今回は、初参加の4店舗を含めて31店舗が「PANPO」に参加。工夫が凝らされたパンが勢揃いしました。また、事前に参加店舗に情報提供を呼びかけ、開催に先立って各店舗のパンをKIITOのサイトで紹介し、広報の強化にも取り組みました。

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神戸市の中でも多くのパン屋さんが立地する中央区内。「PANPO」参加店舗の所在地も、東西は春日野道から神戸駅近辺まで、南北は北野からポートアイランドまでと広範囲に及びます。地域に根ざしたお店や内外から幅広く注目を集めるお店、普段は美味しさを味わうことが少ないホテルのベーカリーなど、営業のスタイルも様々です。「PANPO」はパン屋さんは新たなパンを提案・発信し、食べ歩く人が新しいパンを発見する機会になっています。

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ベーシックなパンにさらに磨きをかけて提供したり、普段とは違う味わいや食感に挑戦したり、地域の素材にこだわったりと、実際に歩いてみると各店舗それぞれの個性的な「PANPO」へのアプローチが垣間見えてきます。5回目を迎え、パンを通じて神戸を楽しむことも定着してきたようです。


「神戸 PANPO」開催概要はこちら

「神戸 PANPO FACEBOOK ページ」

「KOBE パンのまち散歩」

2017年12月2日(土)、3日(日)

セルフ・ビルド・ワークショップ 「あそび」のための「大きな家具/小さな建築」第1回を開催しました。


2014年度から、KIITOの建物が複数回の用途変更による改装を経て生まれた空間=「余白」について考察し、アプローチするワークショップを行ってきましたが(2014年度2015年度)、今回は「余白=あそび=余裕」と捉えて、空間そのものの良さを残しつつ、そこに少し手を入れてみよう、というテーマを設定しました。機能でガチガチに固められているわけでもなく、何か行動を強制されているわけでもない、仕事やイベント参加の合間に、ふと、何もせずにいられる場所ができたら、という思いで企画しました。
川勝真一(RAD)さんのコーディネートのもと、毎回異なる3組のゲスト講師と、どうやって余白をあそびの空間に変えていけるかを考えていきます。ワークショップを通して、作り方はもちろんのこと、それ以上に、ゲスト講師の考え方やデザインの方法に触れて、どうやったらキラッと光るものができあがるのか、を体感してもらいます。
第1回目のゲスト講師は、西尾健史(DAYS.)さんです。

まず最初に、西尾さんの活動紹介や考え方をお聞きするミニレクチャーを開催しました。


西尾さんは、家具、インテリア、ショップのデザインなど、自身で手を動かしながら、さまざまなデザインの現場でお仕事をされている方です。
内容はプロジェクトによってまったく異なり、小さなステーショナリーのようなものから、家具、住宅、リノベーション、まちづくり的なことなど、さまざまなスケールの仕事を手がけておられますが、「基本的に中心にあるのは、暮らしに関わることをやりたい」ということ。DAYS.の由来は、その暮らしが日々続いていくようなイメージでつけられているとのことです。

過去の仕事紹介では、DAYS.のウェブサイトに掲載されている事例を中心に、Tokyo Art Book Fair(2017)の会場構成、ニットに箔押しをする洋服デザイナーの友人のための什器、ポップアップショップの什器、オリジナルデザインの家具、書店の内装の事例などをご紹介いただきました。
最近初めて西尾さん自身がデザインして制作した家具は、家具単体よりもその奥にある暮らし方に、どうやったら家具のアプローチでできるか、を考えて制作したとのこと。折り畳みや組み合わせが可能で、組み立てに工具も不要。イメージは、「ふだんはデスクの周りにあって、週末だけパッと立ち上がるような家具」。洋服や音楽のように気分次第で、形や色、置かれる場所がぱっと変えられる家具ができると、いろんなことが楽になって、もの単体というより、暮らし方にちょっといい刺激ができるのでは、との思いで考えた、とのこと。西尾さんが「風がふわっと吹くような」家具と説明されていたのが、印象的でした。

レクチャーのあとは、西尾さん設計の今回の制作物についての説明です。
今回作るものは、木材+スポンジで作る、使い方が決まっていない遊具のような家具。
円形のスポンジケーキが8分割されたようなかたちで、高さもばらばらの、段のようなもの。ひとつでもいろいろ組み合わせても使える、どう余白と合わせられるかが遊べるものです。
高さは西尾さんがバリエーションをすでに決めてくれていましたが、「サッカーボールくらい」「ガードレールくらい」「カウンターくらい」「跳び箱8段くらい」とふだん何気なく座ったりもたれたりするもので設定されていて、ユニークです。


チームに分かれ、素材の重ね方や固定の仕方は、西尾さんや川勝さんのアドバイスを受けながら自由に設計します。分業するのではなく、全部の行程を行い、作り方、考え方を体得します。
スポンジは台所スポンジから練習用のゴルフボールまでさまざまですが、簡単に手に入る素材を集めました。なお、素材を無駄にしないように、用意されたスポンジは全部使うこと、が条件に掲げられました。

4チームに分かれて、各チーム高さの異なる「ケーキ」を2個ずつ作ります。どのスポンジをどう重ねるか、どう高さを出すか、キーワードを出したり、イメージ図を描いたり、設計を行います。


設計がある程度できたら、インパクトドライバーや丸ノコ、スライド丸ノコ、トリマーの使い方を習い、各自作業を進めていきます。


チームごとに採寸し、合板を丸ノコやトリマーでカット、やすり掛けしてささくれを取り、天板のみクリアニスを塗布します。ニスまで塗れれば、、、という目標でしたが、1日目は、合板のカットまでで終了となりました。

2日目は、最初にチームごとに中間報告を行い、進捗状況を共有しました。
各チームで2個ずつ作るので、組み合わせることを前提として、片方を収納できるように等、セットで設計しているチームがあったり、スポンジの感触を最大限楽しめるように動きが楽しいかたちにしたり、スポンジの積み重ね方にバリエーションを持たせたり、チームごとにさまざまな工夫が考えられていました。


制作に戻ると、スポンジを使いたいサイズにカットして、速乾ボンドで接着します。


なんとか全員時間内に完成し、設置場所のプロジェクトスペース4Bに「ケーキ」を運搬し、設置して、感想を共有しました。

層のバランス、色のバランス、素材の使い方、足の存在感をなくして作るか、逆に存在感を出して作るか、制作の過程でさまざまな選択があり、実際、想像以上にバリエーションに富んだものが生まれました。


2日間のワークショップを通して、素材や道具の扱い方を学び、設計から制作までを講師の考え方に触れながら行うことで、今まで見えていなかったものが見えてきたのではないかと思います。
西尾さんも最後にコメントされていましたが、今度はこれを作ってみよう、と自分でもものづくりをするきっかけにしてもらえればと思います。


セルフ・ビルド・ワークショップ 「あそび」のための「大きな家具/小さな建築」
開催概要はこちら

10月23日(月)、大丸神戸店6階に10月にオープンした「M BASE」にて、日本酒学「蔵元が語る、日本酒造りと楽しみ方」を開催しました。日本酒の歴史や酒造りの工程、またそこに込められた想いを講師の方にお話しいただき、実際に参加者の皆さんも日本酒を試飲して味わいを楽しむ形式のワークショップです。

この日の講師は、泉酒造株式会社 杜氏の和氣卓司さんと、播州地酒ひの 店主の日野明さんのお二人。まずは灘が日本酒の産地と言われる所以からお話いただきました。


仙介の革新的な日本酒造り
今回の日本酒学は全2回。1回目は泉酒造の和氣さん、2回目は剣菱酒造の社長・白樫さんをお招きするラインナップですが、日野さん曰く「剣菱が伝統を守る蔵だとすれば、仙介(泉酒造)は灘の中でも革新的な酒造りをしているイメージ」とのこと。
泉酒造の酒造りの歴史は、江戸時代後期にまでさかのぼります。1756年、初代当主の仙介が酒造りを始めたのは、神戸北区の道場町。その後、3代目のときに灘に進出しますが、第二次世界大戦中、そして阪神淡路大震災の際に蔵は焼かれてしまいました。
和氣さんは、震災後約12年間休造していた泉酒造が再開した3年後に勤め始めます。「休造している12年の間に、吟醸酒が生まれるなど酒造りが劇的に変わっていたんです。僕が入った時はすごく時代遅れな酒を造っているなあと。そこで、今の灘にはない、灘の風土を生かした味を自分たちでつくっていこうという流れができたんです。」

灘の酒蔵が発達した4つの理由
1.米が播州の軟質米であることと、有名な山田錦という米の産地があるため。
2.川が急流で、山からすぐに水をひくことができ精米が発達しているため。
3.灘の酒が生まれた当時、酒の一番のマーケットである江戸まで船ですぐに運ぶことができたため。
4.宮水を使うことでしっかりと発酵させることができるため。

また、泉酒造は、地元の農家とタッグを組んでやっていきたいという想いからすべて兵庫県産米のみを使用しています。他県の米を使わなくても十分補えてしまう、非常に恵まれた環境です。


酒の種類とそのメカニズム
酒には、醸造酒と蒸留酒の2種類があり、日本酒、ビール、ワインは世界三大醸造酒と呼ばれています。焼酎やウイスキーは蒸留酒です。
まず、酵母菌が糖を食べることでアルコールが発生。そして、糖が無くなった酒を甘くしてくれるのが、副原料と言われる麹です。麹の酵素が蒸した米に作用して、甘い糖にしてくれるのです。酵母がそれを溜め、アルコールと炭酸ガスを発生するこの仕組みが日本酒のメカニズム。ちなみに、ワインのように原料(この場合ぶどう)自体が甘くその糖を酵母菌が食べる発酵は「単発酵」といいます。
一方ビールは麦芽糖を副原料とし、麦芽の中に入っている酵素によって麦芽糖ができます。
基本的に、酵母がアルコールを出し、酵母のエサを作るのが麹の役割というのはすべて共通で、日本酒を蒸留すれば米焼酎に、ビールを蒸留すればウイスキーに、ワインを蒸留すればブランデーになります。蒸留酒には必ず醸造段階があり、芋焼酎のように醸造段階で飲めないような香りのあるものは蒸留酒になります。



今回は、話を聞くだけではなく実際に「大吟醸」「純米大吟醸 生酒」「純米大吟醸 無ろ過生原酒」「特別純米 無ろ過生原酒」「山廃純米 泉チャレンジ」の5種類の日本酒を試飲しました。

①大吟醸
アルコール添加する必要がない酒で、あまりアルコールを薄めず飲みたいときにもおすすめです。

②純米大吟醸 生酒
今回はこの純米大吟醸のみがアルコール添加してあります。「純米酒は含み感が深いので、口に含む前に鼻に近づけると良いですよ」というアドバイスに、みなさん一斉にカップに鼻を近づけ、その後、口の中から鼻に抜ける含み感を楽しんでいる様子でした。

③純米大吟醸 無ろ過生原酒
②の生酒。ちょっとガス感を感じるのが特徴です。
酵母が糖を食べる時にアルコールと一緒に発生する炭酸ガスは、火を入れたりろ過すると抜けてしまうのでなかなか味わえません。泉酒造は、搾ったそのまま感を伝えるためにできるだけガスを残しているのです。

④特別純米 無ろ過生原酒
特別純米の「特別」とは、「精米を使うことで純度を高めてある」もしくは「すべて酒造好適米を使用しており原料米にこだわりがある」という意味です。好適米とは、普段私たちが食べているような乾米ではなく、酒税法で定められた酒のためだけに造られた米を指します。このあたりの知識があるとなかなかの通です。

⑤山廃純米 泉チャレンジ
純米酒。掛け米で、麹米は山田錦、蒸米は一般米のヒノヒカリを使用しています。

 
 

山廃とは
酒母(酵母を培養したもの)のつくり方の一種で、今回用意した①~④の日本酒は速醸という酒母の製法を用いていますが、山廃は酒母の作り方は異なります。速醸の場合は最初に乳酸を入れておくので10日~15日ほどで酒母ができますが、山廃や生酛(きもと)は乳酸がつくられる時間が必要となるため倍の30日もかかります。
酒母造りの工程では硝酸還元菌(しょうさんかんげんきん)という井戸水の中にいる微生物を使って硝酸をつくりますが、硝酸還元菌がいない水で酒を造ると失敗してしまうため、仕込み前に水を調べます。この硝酸の量が増えてくると腐造(仕込み後の酒質トラブル)しなくなるので、重要なポイントです。
ちなみに、山廃は米粒をつぶさずにそのまま徐々に温度を上げて仕込んでいきますが、この米をすり潰す工程を「山卸(やまおろし)」または「酛すり」といい、その作業が省略された、つまり「山卸が廃止された」手法ということで「山廃」酒造と呼ばれるのです。
また、泉酒造の山廃は、あまり深みとコクがなく他の酒造のものと比べるとサッパリした味が特徴。「色も酸味もあるきつい酒を作れと言われたのですが、そんなの作りたくない。泉酒造の仙介カラーを出したくて作りました。山廃らしくない、というよりも、こういう山廃もある、という捉え方をしてほしいです」と、和氣さんの想いが語られました。

日本酒を様々な側面から見てきましたが、狙う酒質によって酒母のつくり方は決まってきます。山廃はアミノ酸を多く含むため味にコクと深みがありますが、傷みやすく、また酸味が多いためしっかりと熟成させる必要があります。一方で速醸はスッキリとした味の少なさが特徴で、安定した作り方ができると言えます。しかし、必ずしも山廃のほうが手間がかかっているから美味しいということではありません。自分に合う日本酒を見つける際のひとつの知識として覚えておきましょう。


「今日これだけ全部飲まないと帰れませんからね」と冗談を交えつつ、あたたまってきた会場ではワークショップの締めくくりに参加者からいくつか質問が出ました。

Q.種類の色を比べたら、山廃がいちばん透明に近いので、普通のイメージと全然違ってびっくりしました。色のちがいで何か違うのでしょうか。
A.生酒はもちろん吟醸系は色を気にしていません。色が抜けているほど良い酒だと言われる時代もありましたが、今は色のついたグラスで飲んだりもするので色で判断しないのです。山廃は、常温で流通したり、透明ラベルだと酒に光が当たってさらに劣化速度が上がってしまうため、泉酒造では「お客様が美味しく飲める期間を長くしたい」という見解から炭素を使ってある程度劣化を遅くする処理をしています。

Q.燗酒に向いているお酒はありますか。
A.基本的に燗にして温度を上げると甘味が増すため、苦味があっても酸味があっても、飲みやすくなります。甘くしすぎて飲みにくくなることもありますが、それが好きという人もいます。

Q.一回同じ日本酒を飲み始めるとほかに浮気ができません。ラベルを見ても自分に合うお酒かどうかを判断するのは難しいため、どこを見て一番合うお酒を選んだらいいのでしょうか。その基準や秘訣のようなものはありますか。
A.これは酒屋さんにとっても難しいところです。実際、「〇〇が欲しい」というように日本酒の名前が分かれば酒屋さんも出してくれますが、好みまでは難しいです。酒屋さんに行って、何種類か試飲させてもらうのがいいかもしれませんね。


ワークショップを通して、参加者の皆さんはより日本酒に興味を持った様子でした。和氣さんは、「なぜ日本は外からの文化を取り入れてばかりなのか、もっと自国の文化を広めていったらいいのに」と、日本酒のさらなる可能性についても言及し、奥深い日本酒の世界を堪能することができました。


日本酒学「蔵元が語る、日本酒造りと楽しみ方」

「つながる食のデザイン展」会期中の11月14日(土)と21日(土)に、つながる食の連続トーク「“パンじぃ”がパンをつくりながら、夢を語る」を開催しました。神戸を代表するパン職人から本格的なパン作りを学び、KIITOでのイベントや地域のコミュニティカフェで活動を続けている"パンじぃ"たちが、展覧会の会場でパンを焼き上げて来場者にふるまい、現在の活動やこれからの目標、夢について、来場者に語りました。14日(土)は、東灘区青木の「カフェやすらぎ」を拠点に活動する第2期メンバーが、21日(土)は大丸神戸店での「ちびっこうべカフェ」を控えた第1期メンバーがパンをふるまいました。

 
 
11月14日(土)
この日は第2期メンバーが登場。昨年12月から月1回、「カフェ・やすらぎ」にメンバーが集まり、「パンじぃのひるごぱん」と題して、パン焼き上げ、振る舞ってきました。メンバーも様々なパンのレシピについて研究を重ねてきて、満を持してKIITOに登場です。第2期メンバーの講師だった御影・ケルンの壷井豪シェフも、パンじぃたちの次の課題となるパンを携えて、応援に駆けつけてくれました。

この日、会場で振る舞うパンは2種類、50セットほど。少し早めに余裕を持って集合し、仕込みがスタートしました。今回はしっかりと練り上げる作業を行うことが重要になるメニュー。パンじぃたちが力を込めて生地を練り上げる音が、オープンしたばかりの展覧会会場にまで響き渡ります。大きな音に引きつけられて、キッチンまで足を運ぶ来場者の姿も見られました。練り上げに1時間弱、ようやく一次発酵へ。次の作業まで小休止です。

30分ほど発酵に時間を要したあと、成形と二次発酵へ移ります。順調に進んできたと思いきや、ここでトラブルが発生。レシピに不備があったようで、二次発酵に大きく時間を割いてしまいます。予想外のトラブルでしたが、壷井シェフのフォローもあって、パンじぃ全員でピンチを乗り切ります。ようやく二次発酵の工程が落ち着いたところで、焼き上がりを待っている来場者が会場に集まり始めます。手が空いたメンバーから、来場者のもとへ。壷井シェフも加わって、パンじぃと来場者との交流がスタート。第2期が始まった経緯、現在の活動のこと、これからの目標などについて、熱く語らう場面が繰り広げられました。その流れでそのままに、二次発酵を終えたパンが会場内のオーブンのもとへやってきます。来場者の前で続々と焼成がスタート。一緒に焼きあがりを見守ります。

20分ほどの焼成のあと、いよいよ来場者のみなさんと試食。手間をかけただけのことはあって、いつも以上にふっくらした仕上がりのパンとなりました。次回以降のカフェやすらぎのパンも、さらに美味しさを増していきそうなところ。新しいパンへの挑戦も楽しみです。

終了後の反省会では、工程についての反省が出るとともに、各工程の目的、特に発酵の重要さについて、もっとしっかり勉強する機会を持ちたいというメンバーが相次ぎました。つねに研究熱心な第2期メンバー。工夫を凝らした素晴らしいパンが、青木から誕生しそうです。

 
11月21日(土)
11月3日(金・祝)に大丸神戸店で行われる「ちびっこうべカフェ」本番を控えた第1期メンバーが集合。本番前最後のリハーサルとなることもあって、緊張も感じられる中、パン作りがスタートします。これまではジャガイモのパンとチョコレートのパンを提供する予定で練習を重ねてきましたが、季節にちなんで、ジャガイモをかぼちゃに変更することに。新しい材料ということもあって、メンバーも慎重に作業を進めていきます。また、「ちびっこうべカフェ」では200セットと、いつも以上に大量に作り上げなければなりません。各工程についても当日を念頭にいれて、注意深く確認していきます。

メンバーがまず苦戦したのはかぼちゃの水分。ジャガイモよりも水分が多いため、水の量には気を配らなければなりません。水を生地に加えていくタイミングも重要になります。ベタベタにならず、良い状態の生地を作るのに悪戦苦闘。試行錯誤と苦労を重ねました。

少しいつもより柔らかめな感じにはなりましたが、生地の練り上げまでは比較的順調に工程が進み、一次発酵へ。発酵後の生地もやや水気が多い感じでしたが、成形もズムーズに進み焼成へ。来場者の目の前で、オーブンへとパンが吸い込まれていきます。香ばしい匂いが漂う中で焼きあがり。新しいかぼちゃのパンもは来場者にも好評です。

パンをふるまいながら、来場者と交流するメンバーたち。大丸神戸店での本番に向けて、意気込みと自信、チームワークの良さが感じられた一幕でした。反省会では、当日に向けて分量や工程について再確認し、万全を期します。

2回にわたって開催された「“パンじぃ”がパンをつくりながら、夢を語る」。パンを作って多くの人たちにふるまう中で、パンジぃたちが目標を持って自分たちの手で、活躍の場を切り開いていく姿を印象づける催しとなりました。


つながる食の連続トーク「“パンじぃ”がパンをつくりながら、夢を語る」
つながる食のデザイン展
パンじぃ

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