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2015/10/30

イベントレポート

LIFE IS CREATIVE展 「高齢社会における文化芸術の可能性 英国を事例として」レポート

2015年10月23日(金)

各界で活躍するトップランナーをお招きする「+クリエイティブレクチャー」。「LIFE IS CREATIVE展 高齢社会における、人生のつくり方。」の開催に合わせ、英国の公的な国際文化交流機関であるブリティッシュ・カウンシルのアーツ部長、湯浅真奈美さんをお迎えしてレクチャーを開催しました。

湯浅さんの所属するブリティッシュ・カウンシルの活動の中心はカルチュラル・リレーションシップ。文化を通して関係を築くことを目的に、世界100以上の国と地域に拠点を置き、現地スタッフが様々なパートナーと協働してプロジェクトを実施しています。

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英国における文化芸術の現状
英国では、歳出削減策を掲げる現政権の政策の中で、文化芸術予算も削減されてきました。削減された予算のなかで、どのようにして文化芸術がインパクトを保ち続けるかを示す必要性と、文化芸術に投資することの社会的意義を説明していかなければなりません。
そのひとつとして制作されたものが、アーツカウンシル・イングランド(ARTS COUNCIL ENGLAND)の 「Great art and culture for everyone(質の高い文化芸術をあらゆる人に届ける)」と題した、5つの目標を掲げた10年間の戦略フレームです。これを映像で紹介いただきました。

アーツカウンシル・イングランドは、2013年と2015年に、文化芸術が英国の経済に果たす効果(雇用創出、観光への貢献、文化芸術業界の経済活動の成長)を具体的な数値でも出しています。それだけではなく、数値では測れない「社会的価値」「コミュニティーや人々への価値」を示すレポートも制作しています。
また、文化芸術が人々に対してどういう価値があるか、その効果の検証事業も行っています。

高齢化社会に向かう世界
日本では、2015年の人口に占める65歳以上の割合は26.75パーセント(人口の1/4)、2040年には36.1パーセントになるといわれています。
英国では、2015年の人口に占める65歳以上の割合は17.7パーセント(人口の1/6)、2050年に人口に占める65歳状の割合が1/4(現在の日本の状況)になるとされています。

2012年に発表されたデータでは、日本での認知症の方は462万人、400万人は軽度の日本の認知症を患う人々で、高齢者の1/4が何らかの認知症的症状を持つとされており、2025年には認知症の方が700万人になるといわれています。英国では認知症の方は85万人、2025年100万人、2025年200万人になると想定されています。世界的に見ると、2015年で認知症の方は4600万人と言われており、2050年には3倍が想定されており、医療費の増加なども懸念されています。

このような深刻な状況を、1国では解決できない重大な課題と位置づけ、2013年には英国首相が主導して、G8を集めた認知症サミットを開催、各国共同でリサーチを進めること、介護の在り方を変えること、市民の理解を深めること、認知症の方も生き生きと暮らせるコミュニティーづくり、などが提言されました。
現在では、銀行・金融関係セクターの連携により、認知症の方がパスワードを忘れてお金を引き出せない場合にどのような対応をするのかなど、既存のシステムでは解決できない課題や状況に対しての対応を協議したレポートが作成されています。また、文化芸術セクターに関しても、高齢者、認知症の方に対してどのようなポリシーで活動を推進するかが検討されています。

英国の文化芸術団体の高齢社会における取り組み
文化芸術機関による高齢社会に関する様々な取り組みは、医療や福祉といった既存のサポートに加えて、新たな切り口で課題にアプローチできるものとして注目されています。
ここで、英国における文化芸術団体による高齢者を対象にした取り組みをご紹介いただきました。

ウィットワース美術館
マンチェスター市はAge friendly Manchester(高齢者にやさしいマンチェスター)を掲げています。市内では、文化芸術関連16団体(美術館、博物館、楽団、アート団体、劇場など)が連携し、共同でのリサーチや事業を実施しています。
そのひとつ、マンチェスター大学付属ウィットワース美術館は、館の改修期間だった1年半の間にアウトリーチに注力し、デパートでの展覧会、大学と連携したプロジェクト実施、市郊外ケアホームや病院など、市内のあらゆるところ場所をフィールドに、徹底的に市民とかかわる多くの事業を展開しました。
改修を経てオープンした年には、多くの市民が来館し、ミュージアム・オブ・ザ・イヤー(Museum of the Year)も受賞。
また、教育普及プログラムに定評がある同館は、幼児から高齢者までを対象としたプログラムを展開しています。
その中で、認知症の方やその介護者、高齢者の美術館訪問をサポートするプログラム「Coffee, Cake and Culture(コーヒー、ケーキ、文化)」を紹介いただきました。

マンチェスター・カメラータ
マンチェスター・カメラータは、音楽によるパフォーマンスだけでなく、教育プログラムや人とつながるための部門も擁する室内管弦楽団です。
ご紹介いただいた「Music in Mind(ミュージック・イン・マインド)」というプログラムは、音楽を作る手法を用いて一緒に活動することで、認知症の方とその介護者のQOL(生活の質)を向上すること、認知症の方と介護者の関係性を改善すること、さらに介護の質を向上させることで薬物の摂取量を減らすことを目標にしています。
アルツハイマー協会などの専門的な知見に加え、マンチェスター大学との共同で、医学的な効果に対するリサーチを取り入れるなど、認知症や高齢者に対する音楽の効果を検証するプログラムとしては大規模なものと言えます。

ナショナル・ミュージアムズ・リバプール(NML)
8つのミュージアムの集合体であるナショナル・ミュージアムズ・リバプール(NML)が実施するプログラムで最も特徴があるものが 「House of Memories(ハウス・オブ・メモリーズ)」という介護者のためのプログラム開発と実践です。大学やアルツハイマー協会と協働し、回想法を取り入れた介護者のための、トレーニングとサポートを美術館が行っています。このプログラムは「LIFE IS CREATIVE展」会場においても紹介しており、その中のひとつのプログラム「My House of Memories(マイ・ハウス・オブ・メモリーズ)」はアプリにもなっています。
その他に、美術館のコレクションを基にした対話を促すツール「Suitcase of Memories(スーツケース・オブ・メモリーズ)」、対話を促進する「Memory Tree(メモリー・ツリー)」「Meet Me at the Museum」など多くのプログラムを実践していますが、特筆すべき点は、これらの開発と実践のために英国保健省から予算を獲得していることです。
福祉セクターと協働して美術館が福祉の予算を獲得して実施している事業は、医療にとって代わるものではなく、美術館が持つ様々なリソースやコレクションにより高齢社会に貢献するひとつの好例と言えるでしょう。

エンテレキー・アーツ
ロンドンの南東を中心に、地域社会に根ざした参加型のアートプログラムを多数展開しています。彼らが目指すのは、高齢者なのでできない、高齢なので自分で限界を決めてしまう、また社会が限界を決めてしまう、そして介護施設では選択が制限される(選択の余地がない)、状況を受け入れるばかりで自発的に選択しない、という高齢者に対する様々な限界や制約を乗り越えるための、アートの可能性を示すことです。
また、人とのつながりを強めるために、アートは中心的な役割を果たすことができ、アートを通して全ての人たちの可能性を伸ばし、クリエイティブなコミュニティーを作り、地域で支え合う活動を行っています。

History Pin(ヒストリーピン)
デザインで社会的な課題を解決し、社会での人のつながりをつくる、デザインを通して人々の行動を変えていくことを目的とする社会企業、Shift(以前の名称はWe Are What We Do)が事業化した「History Pin(ヒストリーピン)」をご紹介いただきました。
目的は写真の掲載ではなく、対話のプログラムとすること、社会的なコミュニティーのつながり、信頼やネットワークを高め、孤立を解消することです。英国のレディング(Reading)というまちでの検証を含めた成果もご報告いただきました。スタートアップから、継続させ、事業化してサスティナブルなものとしたプロジェクトの例と言えます。

年代を超えての対話を促進、地域のつながり、財産ともいえる共同のアーカイブに育つこのプラットフォームを、ブリティッシュ・カウンシルは富士通やグローコムと共同で総務省の「ICT超高齢社会づくり推進事業」の採択を受け、日本語化を実施、「認知症フレンドリー」「エイジ・フレンドリー」のまちづくりを促進している富士宮市で活動も実践しました。

実際に人々が出会う機会をつくり、地域の写真を共通の話題にした対話ワークショップを通して、世代間の対話が促進され、ICTはそのコミュニケーションを強化・発展させる役割を担うという英国の事例が日本でも実証されました。

ヒストリー・ピン 日本語サイトはこちら

高齢社会と文化芸術:英国団体の招聘
英国においては、高齢化の進む日本の社会での高齢者のあり方や、地域やコミュニティーで高齢者や認知症の方をどのように支えているのかに関心が集まっています。
ブリティッシュ・カウンシルは、2015年4月に、英国のベアリング財団の助成を得て英国の文化芸術14団体を招聘、日本の社会での高齢者との取り組みやコミュニティーの視察を実施しました。
その様子を映像で紹介いただきました。

最後に、レクチャーの参加者からの質問の時間には、紹介されたプロジェクトの社会的価値や評価などをデータベース(社会的資産)として積み上げる英国での方法や、今後の英国での文化芸術プログラムと施設の展望についてお答えいただきました。

ご紹介いただいたプロジェクトに共通するのは継続させることの重要性、地域やコミュニティーの人々が続けていくこと、継続できる仕組みが大切だということです。
KIITOにとっても、高齢化社会に対する取り組みを継続するなかで、プラットフォームとしての役割を果たすための示唆に富むお話をうかがえた貴重な時間となりました。
また、文化芸術施設だから行うのではなく、社会やコミュニティーの一員としてできることを、個人的に再考する機会にもなりました。

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