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2018/7/30

イベントレポート

キイトナイト20「デザインレポート03:ミラノサローネ2018-学生展示から読むデザインの動向-」レポート

2018年6月1日(金)

キイトナイト20「デザインレポート03:ミラノサローネ2018-学生展示から読むデザインの動向-」を開催しました。
今回はDESIGN MUSEUM LABの久慈達也さんと、昨年度よりとミラノサローネに出展を行っている京都工芸繊維大学の津田井美香さんをお呼びして「学生展示から読むデザインの動向」をテーマにお話しをいただきました。

参加者の中にはデザインを勉強する学生の姿も多く見られ、ゆるやかな雰囲気の中お話しをいただきました。
また、会場内には久慈さんより書籍やチラシなど、今回のトークにあわせて様々な資料をお持ちいただきました。

 

今回もお話していただいた内容を久慈さんにレポートにまとめていただきました。
イベントに参加できなかった方も、ミラノサローネのことや世界を舞台に挑戦する日本の学生のことについて考えるきっかけになればと思います。

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ミラノサローネ2018レポート 久慈達也さん(DESIGN MUSEUM LAB/デザインリサーチャー)
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世界中からデザイン関係者が集まるミラノ国際家具見本市(通称ミラノサローネ)。57回目となる今年は4月17日から22日にかけて開催され、来場者数は前年を大きく上回る約43万人を記録。東京ビッグサイトの約4倍の面積を有するミラノ国際展示場(Rho Fiera Milano)で行われるこの世界最大の家具見本市において、各国の家具メーカーは新製品を発表するのが通例となっている。同時期に市内で行われるミラノ・デザイン・ウィークでは、企業理念を視覚化する大掛かりなインスタレーションや若手デザイナーたちによる実験的なプロトタイプ、大学等の作品展示まで、幅広い内容の展示が行われる。

RHO Fiera Milano
RHO Fiera Milano
 本会場内の企業ブース
本会場内の企業ブース
市内の展示 Louis Vuitton
市内の展示 Louis Vuitton
 市内の展示 Vitra
市内の展示 Vitra

6月1日に開催された「デザイン・レポート03:ミラノサローネ2018」は、多様な側面をもつミラノ・デザイン・ウィークを「学生や若手の展示から読み解く」ことが目的だった。市場の動向やコストに左右されるメーカーの製品開発と違って、必ずしも製品化が目的とされていない大学のプロジェクトや学生作品では、制作上の制約が少ない。そうした実験的なアプローチの中に、今後のデザインの芽が含まれているに違いない。

ゲストにお越しいただいたのは、京都工芸繊維大学の博士課程に在籍している津田井美香さん。昨年から大学のゼミでミラノサローネに出展し、現地の空気を感じてきた一人だ。デザインスクール全体を取材した筆者と出展者の津田井さん、双方の眼を通して、この春の「デザインの祭典」を振り返った。津田井さんには京都工芸繊維大学による2つの展示「Exchanged Forms」と「ZEMI」の内容および制作を支える同校のデザイン・ファクトリーについて多くの写真を交えて紹介していただいたが、本稿ではサローネ全体の動向に関して筆者が紹介した内容をレポートとしてまとめたい。

京都工芸繊維大学岡田ゼミ
京都工芸繊維大学岡田ゼミ
 津田井さんの作品
津田井さんの作品

トークではまず前提としてミラノサローネについて知ってもらうため、学生展示に限定せず、本会場含めミラノデザインウィーク全体を通じて感じた変化を紹介した。ここでの詳細な言及は避けるが、ファッションブランドが牽引する近年の状況、昨年目立ったオレンジ/グリーンという色の組み合わせからの変化、テキスタイルのメディア化などをキーワードに挙げた。本会場に限れば、アウトドア家具メーカーの勢いと、それらの家具における「インドア」と「アウトドア」の境界の曖昧さなども目に留まる要素だった。

Google、Kiki van Eijkのタピスリー
Google、Kiki van Eijkのタピスリー
 Dedon、Barber&Osgerbyの新作
Dedon、Barber&Osgerbyの新作

さて、デザインスクールの展示においてはどうだろう。ミラノにおける学生の展示は、ごく一部の大学を除けば、「サローネサテリテ」と「Ventura Future」の2つに集中している。「Ventura Future」は、昨年まで多くの若手デザイナーたちの出展場所となっていたVentura Lambrateの代わりに、市中心部で新たに始まった展示会で、京都工芸繊維大学や神戸芸術工科大学もここに出展した。

○テクノロジーが生み出す新しい美学
今年はデザインの風向きが変わったと思わせる出来事がいくつかあったが、その一つがデザインにおけるバイオテクノロジーの活用だ。バイオテクノロジーがアートやデザインと結びつくこと自体は目新しいことではない。しかし、今年は取り組む大学も一気に増え、実験の枠を超え、実用の可能性を見せるプロジェクトもあった。

例えば、マサチューセッツ工科大学(MIT)Design LabがPUMAと研究開発していたのは、アスリートのための新しい機能を持ったプロダクト。バクテリアの活動によって使用者に合わせた通気穴が出来上がる靴や、個人の運動能力や癖を受け止めパフォーマンスを向上させるインソールなど、人為的な制御を超えたデザインが持ちうる「新たな美しさ」を予感させた。デザイナーが形をコントロールする時代が過去のものになるかもしれない。そう感じさせるほど、生物化学の領域と結びついたデザインは、着実に新しいステージへと至りつつある。

MIT Design Lab×PUMA
MIT Design Lab×PUMA
 バクテリアの力を利用する
 バクテリアの力を利用する

他方、3Dプリンターの利用も当たり前になって久しい。今年も各校でその成果をみることができたが、ローザンヌ州立美術学校(ECAL)の「Digital Market」は、最新のデジタル機器を包摂した社会の営みを見せるという点で一線を画した。3Dプリンターを複数台持ち込み、その場で成形したプロダクトをその場で販売するという試みはパン屋さんのようでもある。製造と販売が極めて近い位置にある光景は、私たちが近代化の過程で一度は手放したものである。最新の制作機材を介して人の営みを再設計する試みは、社会の在り方に対する問題提起にもなった。ただ、会場での販売という仕組みが明らかにしたのは、現状での3D印刷技術の致命的な遅さだったことは皮肉である。一つの商品が出来上がるまでに約半日。描いた未来が日常になるにはまだ少し時間がかかりそうだ。この点、MIT Design Labがデザイン・マイアミで発表したようなジェルを使った高速成型方法であれば、また違った印象だったろう。

ECALによる「Digital Market」
ECALによる「Digital Market」
 人気のため売り切れが続いた
 人気のため売り切れが続いた

○持続可能な社会に向かって
廃材の再利用や新素材の開発を目指す動きも引きつづき健在。ただし、「これまでにない素材」というだけでなく「それを使用することで環境負荷を低減させる」という明確な利点にまで達していることが重要になっている。Kvadratの廃棄繊維を素材に製品を開発をするブランド「Really」のように、「持続可能な社会の実現」という堅実な目標へと向かうプロジェクトが増えているのは良い傾向だ。フランスのランスにあるESAD DE REIMSは麻の複合材を建材として利用する提案をしていたし、チェコのトマス・バータ大学はスレート(粘板岩)を用いたキッチン雑貨のコレクションを揃えた。その他、スウェーデンのルンド大学でも椰子の繊維を用いた研究がみられた。

ESAD DE REIMS
ESAD DE REIMS
 Tomas Bata University
Tomas Bata University

こうした動きの中で特に際立っていたのが、ドイツのハレ・ブルグ・ギービッヒェンシュタイン美術学校によるプロジェクトだ。Ventura Futureに出展した同校は「微生物」と「藻類」の2つを軸に、素材の開発と利用の研究成果を発表。前者は植物残渣や菌類から生体鉱物を生成する実験的な作品が並び、後者は藻類を素材としたロープや糸、染料などの製造が試されていた。MIT同様のバイオテクノロジーの積極的な取り込みに、これからのデザインの一つの潮流を感じる。

Burg Giebichenstein Kunsthocheschule Halle
Burg Giebichenstein Kunsthocheschule Halle
 藻類を素材とするプロジェクト
藻類を素材とするプロジェクト

○サローネの「外側」へ
「サローネ」とは、英語で「サロン」を意味する単語である。サロンとは貴族や上流階級など特定の集団によって形作られてきたものであり、その本質は閉じられたコミュニティだ。むろん今日のミラノサローネは多くの人に開かれているが、今年のデザイン・アカデミー・アイントホーヘン(DAE)の展示によって、「サローネ」という通称で呼ばれる商業的なイベントに対して、私たちはあまりにも無邪気に過ぎたのではないかと思わされた。

DAEの今年のテーマは「Not for Sale」。「ピエトロ・クレスピ通り」という、これまでサローネとは無縁だったはずの一本の通りを舞台に行われた。ランドリーでは靴の作品を、市場の中には家畜や食に関するプロジェクトを、工具店のショーウィンドーには金属製のベンチを、という具合に、すでにある街の姿に合わせて学生たちの作品は巧妙に設置されていた。カタログも自分たちでは販売せず、通り沿いのキオスクか雑貨屋でのみ販売されるという徹底ぶりだ。会期中であれ店舗が休みであれば展示もお休み、というあまりに密やかな展開にも驚かされた。ここには見本市都市ミラノが抱える巨大な消費のシステムに対する批評的態度がみえる。

DAEの展示場所となった通り
DAEの展示場所となった通り
 街中での展示風景
街中での展示風景

そして、この大胆な舵取りは建築家ジョセフ・グリマの学長就任を抜きにしては語れない。テーマ型の展示でも卒業制作の優秀作品展でもなく、自校の展示をサローネというシステムの「外側」へと向かわせるキュレーションは秀逸だ。外部を内部に取り込むのではなく、つまり、その場所で「サローネ」らしいイベントをやってしまうのではなく、外部は外部のまま自分たちのほうをその場所に潜り込ませていく。世界各地のデザイン・ビエンナーレでキュレーターを務めてきた彼らしい試みだった。

ただし、学生たちにとってもミラノ・デザイン・ウィークは作品を展示することで、世界のビジネスパーソンに自作をアピールできる機会である。登竜門としての可能性を閉ざしたまま、今後も同様のアプローチが続くとは考えにくい。来年の動向に注目したい。

○デザインは何処へ
バイオテクノロジーの援用や見本市という仕組みに対する問題提起。それらを前にすると、世界のデザインは、そもそも「形を極める」という目的からは急速に離れつつあるようだ。そうした中にあって、京都工芸繊維大学がシンガポール国立大学(NUS)と行ったプロジェクト「Exchanged Forms」や神戸芸術工科大学のDESIGN SOILは世界とは異なる方向に進んでいるのかもしれない。

京工繊とNUSによる「Exchanged Forms」
京工繊とNUSによる「Exchanged Forms」
 DESIGN SOIL「Fantasia」
DESIGN SOIL「Fantasia」

フード、そしてバイオテクノロジー。「デザイン」という言葉に含まれる範囲が拡大し、年々、デザインを見る(語る)ことが難しくなっていることを実感する。市内の実験的な展示においては「どこまでがデザインなのか」という認識の更新を迫られる。バイオテクノロジーとなると、もはや現象を理解することすら追いつかないことも多い。そうした中、RHO Fieraの本会場において「確固たる」デザインを目にすると安堵するというのが正直な気持ちだが、そこに安住していては、これからのデザインの芽を見過ごしてしまう。先進と王道、この振れ幅のなかに身を置き、見る側も葛藤すること。それがミラノサローネとミラノ・デザイン・ウィークを唯一無二の魅力を放つ存在にしている理由だろう。(文責:久慈達也)