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2019/6/6

REPORT

3/26開催 +クリエイティブ公開リサーチゼミ Vol.2「人口減少時代の豊かな暮らしを神戸でデザインする」 最終回「つくることに縛られないつくりかた」レポート

去る3月26日(火)に+クリエイティブ公開リサーチゼミ Vol.2「人口減少時代の豊かな暮らしを神戸でデザインする」の第5回目を開催いたしました。今回は、秋田公立美術大学美術学部美術学科教授の藤浩志さんを招いて、「つくることに縛られないつくりかた」というテーマでお話しいただきました。

前回の伊藤香織さんのお話では、「シビック・プライド」をテーマに、市民自身が街の身近なところに触れ、関与して、自分で街を作り、体現することの重要性が示されました。今回のお話は、街に関わる仕組みや組織以前の、機会や場所、時間をどうやって作り出すかに目を向けるものとなりました。何かが形になる前に、どう始める、始まるか、地域に目を向けて、何らかの課題を持っているときには避けては通れない一方で、なかなか明快に可視化することが難しいことなのではないでしょうか。

藤さんご自身、多くの「地域」で「つくる」ことに関わってきました。その中には、奇しくも、「人口減少」に悩む「地域」で行われたプロジェクトも数多くあります。一方で、ご自身では、そういったプロジェクトについて、「人口減少」の「専門家」としてやったことではないし、自分がしていることは「まちづくり」のよりも「まちつかい」や「まちいじり」という方がしっくりくると語られます。その「触れる」スタンスは、前回の「シビック・プライド」と共通しているものと言えるでしょう。成果や結果よりも、活動やプロセスに重きが置かれているわけです。では、それらはどうやって始まって、その活動では何が大事にされるべきなのか、藤さんはそこに目を向けていきます。

これまで、私たちは何度も「人口減少」という言葉を耳にしてきました。また、「人口減少」に関して、何らかの問題が今後待ち構えているという認識も共有されていることでしょう。それに向けて、新たな考え方や、概念、生活スタイル、社会のあり方が構想され、提示されています。しかしながら、それらはまだ具体的にできあがったものではありません。藤さんの言うように、未来をどうするという話はできても、未来は作れないわけです。「過去」が既に明確に形をなし、説明され文脈づけられ、積層された「空間」を成しているのに対して、「未来」はあくまで、向かっている先にあって明確に見据えることができない、期待や予知、もしくは不安の「地平」にあるわけです。

あるいは「地域」に関わって、「文化」や「芸術」と「まちづくり」という言葉が結びついている事例は多く見られますが、藤さんはそこに違和感を感じることもあるといいます。そこで求められている「文化」や「芸術」は、過去に「文化」や「芸術」としての価値を既に確立していて、活動やアクチュアリティを失ったそれは、果たして「文化」や「芸術」なのだろうか、「地域」に求められているのは、今はそうではなく、評価をされていなくても、10年後に、活発に活動が行われて生み出される「文化」や「芸術」なのではないかと。

一般的に、私たちの社会で商品やサービスが生産されるプロセスを簡単に言い替えてみるとすれば、「計画⇒予算⇒実施⇒生産⇒流通」という形がモデルとして妥当なものになるでしょう。このような、筋道だったプロセスと時間に、私たちの社会も基礎づけられて、規則正しく動いていると言えるかもしれません。成功事例、下敷き、ベース……etc、トレース可能なものが「過去」から呼び出されて、厳格なプロセスにはめ込まれる状態。「地域」、「文化」、「芸術」、「まちづくり」……etc、本来、トレースできるものがなく、成功するか定かでない試みを行わなければならない領域ですら、支配的な生産のあり方に規定されて、とめどなく、活力を失った「文化」や「芸術」を迎え入れる状況にあるようです。「人口減少」や「過疎」、「インフラの老朽化」、「市場の縮小」、「税収減」といった問題が取り沙汰されるにもかかわらず、まだ拡大を前提としたままでいる。でも、必要な新しい何かは、まだ期待や予知、もしくは不安の「地平」でモヤモヤなままでいます。言葉にならない、形をとらない、意味もわからない……、そこから、何を如何に始められるのか……。

ここで藤さんお話の中で取り上げられた、アーノルド・ローベルの「がまくん」と「かえるくん」の物語に立ち返ってみることにしましょう。藤さんのお話の下敷きとなったのは『ふたりはともだち』の中の「おてがみ」の物語でした。憂鬱に手紙を待つ「がまくん」を見かねて「かえるくん」が手紙を書いて、「かたつむりくん」に手紙を託してがまくんに届ける、というストーリーです。多くの方に知られているお話だと思います。

「かえるくん」は「がまくん」のゆううつな時間/空間を、手紙書くことで、幸せな時間/空間に変化させます。そして、「かたつむりくん」が手紙を届けるのを待つ間、ふたりは幸せな時間/空間を共有する。ありきたりの時間/空間中に、手紙によって幸せな時間/空間を割り込ませ、さらに、待つ時間/プロセスすらも、幸せな時間/空間で満たそうとする。手紙じたいはありきたりなものです。しかし、時間を捻出し、ともに楽しみ、自分たちが何かをしている満足感を得ている。基礎づけられた時間に依拠せず、レディメイドでなく自分の手で何かを行い、共同性と協働を通じて、通常とは異なる時間/空間、活動の領域が営まれている。言葉にならない思考、捉えられないイメージ、コードのないメッセージ……etc、もやもやしたものが活動の呼び水となり、その活動を通じて、もやもやが新たな何かへ進化する──そうした、既存の時間/空間とは違う、幸せな時間/空間をいかに設けることができるかが、重要なことのようです。

過去を眼下に見遣りながら、進歩の時間の風で、どんどん過去から離れて未来へと飛ばされていく──ヴァルター・ベンヤミンという哲学者の「歴史の天使」についての断章を目にしたことがある方なら、思い起こされる方もいらっしゃるかもしれませんし、過去のジャングルの中のアクチュアルなものに分け入って、ありきたりな歴史の流れに楔を打ち込む、別のそんな一節を目にした方もいらっしゃるかもしれません。積層された「過去」の「空間」から、トレースされない、可能性を持った過去を解放し、別の時間/空間を携えて、ありきたりな時間に介入して、別な領域を作る。そこが、触れたり、いじったり、関わったりするきっかけになる……。

私たちはひとりで現在にあるわけではなく、多くの人びとと関わり、連綿と連なっている時間の中に身をおいて、ようやく「現在の自分(たち)」たりえている。少し言葉を変えれば、社会的な「時代」区分や、自分の周囲から「世代」という、長いスパンの時間の意識を持つことができるし、より広汎な「経験」の「空間」を協働で持てるかもしれないし、新たな幸せな時間/空間を作るきっかけとなる可能性にもなりうる。

時間や、空間、場所、コミュニティ、共同性、協働……etc、「人口減少」に関して何かをするときに、こうした課題が避けて通れないことは、確かなようです。

「+クリエイティブ公開リサーチゼミ Vol.2 「人口減少時代の豊かな暮らしを神戸でデザインする」」は、この5回目が最終回となります。この先、アクションプランの提案、事業化を目指す「+クリエイティブゼミ」を開講を予定しております。ご案内まで、今しばらくお待ちくださいませ。引き続き、よろしくお願いを申し上げます。

+クリエイティブ公開リサーチゼミ Vol.2 「人口減少時代の豊かな暮らしを神戸でデザインする」の概要はこちら