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2020/2/4

REPORT

「災害+クリエイティブ」-大学教育の中での実践と今後の可能性-レポート

1/15水からKIITOで展示を行っている「災害+クリエイティブ」展-パーソンズ美術大学での実践と阪神・淡路大震災から25年の軌跡-の関連イベントとして、1/18土「災害+クリエイティブ」-大学教育の中での実践と今後の可能性-と題し、フォーラムを開催しました。ゲストは、パーソンズ美術大学環境構築学部のロバート・カークランド学部長、神戸大学・神戸減災デザインセンター槻橋修副センター長の2名、モデレーターにデザイン・クリエイティブセンター神戸副センター長の永田宏和が出演しました。各ゲストの取り組みの紹介やこれからの災害に対する大学でのクリエイティビティの役割について語っていただきました。

  

EARTH MANUAL PROJECT展について|永田宏和
2013年「災害+クリエイティブ」をテーマに「EARTH MANUAL PROJECT展」をKIITOにて開催しました。災害に対するクリエイターによる、日本、フィリピン、タイ、インドネシアの4つの国の23の優れた活動を紹介した展覧会です。その後、アーカイブサイトも日本語と英語で開設しました。この展覧会は国際交流基金の助成を受け、対象国を巡回することになりました。巡回展では23の活動の内10個を展示し、さらに現地でクリエイターや学生たちとの協働で1作品増やすという、「10+1」という形で実施しました。例えば、フィリピンでは「+1」として高潮に対するクリエイターのアイデアが展示されました。
タイのチェンマイでの巡回展で、パーソンズ美術大学の教員が展覧会を見たことがきっかけで、2018年にニューヨークのパーソンズ美術大学での巡回展につながりました。パーソンズ美術大学では、学生を対象に災害をテーマとしたデザイン演習を行い、300人以上の学生が参加しました。「EARTH MANUAL PROJECT展」は現在ジョグジャカルタ展を開催中です。

  

「災害への備え」デザイン演習|ロバート・カークランド学部長
パーソンズ美術大学環境構築学部では、「災害への備え」をテーマにしたデザイン演習を過去3年間実施してきました。「災害」と「クリエイティブ」、2つの概念はまるでかみ合わないパートナーのようです。真逆、敵、反対語、破壊、創造…。私たちの回りは混沌としていてカオスのようですが、これだけ不確実な中でもこのプロジェクトを通じて多くの協力を得られるのは、世界が直面している難しい局面や混沌としたものは、強い創造性や共感性の源になるからだと思います。災害というのは運の悪い出来事で、自然災害や人的災害は、私たちの回復力や人間性、慈愛の心を試してきます。これだけ高度なテクノロジーや現代的なインフラの中で生活をしていると、災害から目を背けて、生きやすい生き方を選ぶ傾向にあります。しかし、ニュースなどで壊滅的な災害が報道され、その頻度や規模を考えると、私達は目を覚まし現実を見て、災害を経験した人から話を聞き、学び、そしてアートやデザインを媒体に、ネットワークを通じながら災害の知識を更新していくことが必要であると思います。アメリカでは、2018年33件の大規模災害が発生しました。世界レベルでも多くの災害が起きています。デザインは私たちの生活に大きな影響を及ぼします。将来が不確実なこの時代に、自分たちがさらされているリスクに目を向け、行動し、自身のコミュニティに訴えかけるアートやデザインがこれまで以上に必要です。永田さんやスタッフの方々には、我々の災害への取り組みのために、目覚まし時計になって、警鐘を鳴らしてくれたことに感謝致します。
様々なところとコラボレーションすることで、多くの学びがありました。一緒に戦略や戦術として、天災、人災を乗り越え、生き抜くためには何が必要か議論を重ねてきました。
本学の建築・インテリアデザイン・照明デザイン・プロダクトデザインの大学・大学院の学生、教員を合わせて300人は、ニューヨークで壊滅的な災害が起こり得るというシナリオをもとに公開講演やデザイン演習を行ってきました。ゾルバーグ移民研究所の学生研究者の方々には、学生たちへ、気候変動、テロ、インフラの崩壊による災害、ハリケーン、9.11テロ、1977年と2003年のニューヨーク市の大停電を題材に指導してくれました。デザイン演習や集中講義が、2018年秋の「EARTH MANUAL PROJECT展」開催に向けはずみになりました。

  

パーソンズ美術大学での展示会場内には、いくつかの質問が書かれた白いボードを設置しました。例えば、「災害で避難をしなければいけないときに何を持っていきますか?」「災害への備えはありますか?」といった質問です。来場者は自分の意見を書き込み、さらに他の人の意見を見ることで、避難や備えについて意識させていきます。この展示の中には、災害が起こったときを想定して設計された製品もあれば、災害が起こったことにより、生まれてくるものからつくる作品もあります。災害の後から作るものは、例えば、ゴミや使わなくなったものを用いて、DIYのやり方などを解説しています。難民方が捨てていったライフジャケットを使ったカバン制作などもありました。その他、身の回りにあるペットボトル使った男性用小便器、ガスの特性を使った即席冷凍庫、空き缶やコインを使ったボイラー、テープを貼り合わせてつくる水を入れる容器、光を吸収し夜に発光する塗料、折り紙から発想を得たテントなどがありました。インフラの提案では、低所得者層の住宅街の土や土壌が水を吸収し洪水を起こさないための計画、災害があった時にコミュニティセンターの設立、台風やハリケーンから海岸線を守る計画などがありました。これらすべての作品をフィールドマニュアルとして1冊にまとめています。
世界のノーマライゼーションに対して、災害の備えに貢献できたことをとてもいい機会だったと思っています。私たちが教える事と同じだけ、学生が私たちに教えてくれました。相互に学び合う活動を今後も支えていかなければなりません。

私は先日11/5国連「世界津波の日」シンポジウムで発表する機会を得ました。そのシンポジウムが終わり、思ったことは、このような活動は私達だけではない、一人ではないという気持ちです。防災・減災の分野で日本が大きな役割を果たしていることを感じました。日本がリーダーシップを発揮してくれていることに非常にありがたく思っております。今後、長期的には、災害への備えに関するコースを本学につくっていきたいと考えています。日本の友人たちからの経験を得て、その学びを次の世代に伝えていくことができればと思っています。

  

失われた街の模型復元プロジェクト|槻橋修CResD副センター長
このプロジェクトは、ベースとして1/500縮尺で作るまちのジオラマ模型で、それを1m×1mで作っていきます。2011/3/11、東日本大震災と津波でたくさんのまちが壊滅的に破壊される事態となりました。10m以上の津波、2万人近い死者・行方不明者、40万軒を超す住宅が全壊または半壊、津波が来たエリアは561㎢、想像を絶する広さです。このジオラマ模型のモジュールで言うと、1m×1mを1ピクセルとして、2244ピクセルの相当する広さです。特に人が住んでいたエリアは、大変な被害にありました。宮城県気仙沼市にある鹿折という住宅は、津波の後にはまちは、ほぼすべて流され、壊されて、大きな船が何隻も陸に打ち上げられるという状況でした。地震から約3か月、瓦礫がおおむね撤去された状態になりました。住んでいる人たちはこのようにクリーンアップされてしまうと、自分が住んでいた場所の思い出を思い出せなくなってしまいます。私たちは外部の人間なので、震災前にこの場所へ行ったことがない人間として、何か手伝えることがないかを考え、まずは震災前に住んでいた人は、どのような生活をしていたのかを知ることが、被災地と関わる初めの接点になりました。1/500縮尺で作った1m×1mのジオラマ模型は、500m×500mのエリアを再現します。東日本大震災は、このピクセルで計算すると2244ピクセルが津波の被害を受け、そのうち62%が、人が住んでいたエリアになります。1000ピクセル以上の町や村が、被害にあったことになります。震災から2週間後に学生とディスカッションを重ねて、この失われた街の復元模型プロジェクトがスタートしました。

地震の前の古い地図や航空写真から、まず白いジオラマ模型をつくりました。対象エリアが広域なので、全国の建築学生に呼びかけ、模型づくりを始めました。最初の1年で、福島県から岩手県までの被災3県に対して約100ピクセルの模型をつくりました。白い模型は、非常に美しくもありますが、そこには地図や航空写真から得られる情報しか載っていないので、本当のまちの生命観、生き生きとした人の営みは表現されていません。そこで我々は、住民の人たちとこの模型について話し合おうと思いました。模型を現地に持っていき、1週間、住民の人たちの前で展示をすることで、いろいろ話をし、屋根の色を塗り、お話を聞くことで、1週間後には、とてもカラフルな模型に変化しました。地図では表れていなかった川沿いの桜並木、駅前の時計台、そういった地域の人にとって重要な風景が、地域の人たちによって付け加えられました。また屋根の色を聞きながら、ここで本当のまちのような雰囲気が模型に加えられました。模型の上には、色分けされた記憶の旗も立てまたした。青旗は、場所の名前。黄旗は、そこで散歩した、プロポーズをされた、そういった出来事の思い出。緑旗は、ここでキノコが取れた、魚が取れた、など環境的な情報が書かれています。この模型を見に来た方は、思い出話が止まらなくなり、旗に書ききれないので、シートにオーラルヒストリーのようにメモをしていきました。こどものころの思い出や漁師まちだった時代に周辺にどんなお店があったのか、そのようなたくさんの記憶が模型の中に集まりました。物理的にまちはなくなってしまっているが、学生さんや地域の人たちで、記憶の中のまちをもう一度再構築しているいようなワークショップになりました。

  

2011年に始めたこのプロジェクトは、現在も続いており、1300ピクセルの内、500ピクセルぐらいの模型が再現されました。すべての模型をつくれるかどうかはまだわかりませんが、地域と連携しながら続けています。また記憶やドキュメントは、ウェブページやデータとしても保存するようにしています。制作した模型そのものは、各地域にプレゼントし、防災教育などに使ってもらうようにしています。集まった思い出は、非常に沢山ありますので、模型の中だけでなく、デジタルアーカイブにして、プレイスメモリーとして保管しています。今までやってきたワークショップをすべて合わせると、33,000本の旗、それに伴うつぶやき、エピソードがデジタルに保存されています。まだ始まったばかりですが、それらの記憶を使って、現地でARのアプリケーションを開発し、現地で空間を体験できるような仕組みもスタートしました。

インドネシアのジョグジャカルタにあるガジャマダ大学、イカプトラ教授とのコラボレーションが昨年行われました。私たちは、最初のトライアルとしてイカプトラ教授の関わっている、ジョグジャカルタ近郊のメラピ火山をリサーチしました。2010年に噴火し、火砕流で大きな被害を受けた集落、バカラン村を対象にした模型づくりワークショップを実施しました。現在、集落の人たちはここから数キロ離れた所に新しい村をつくって暮らしています。昨年の夏に私たちは。模型をつくるための英語マニュアルを作成し、Skype話を通じて、ガジャマダ大学と神戸大学の学生でミーティングを行いました。9月には神戸大の学生と私がジョグジャカルタに行き、地域の皆さんとワークショップを行いました。学生たちは、それ以前に、密にコミュニケーションをとっていたので、日本人学生が参加した時には、すでにチームワークが育っていました。バカラン村の集落の皆さんとのワークショップでは、日本と変わらない、それ以上の盛り上がりを見せました。ここでインタビューされたエピソードの中には、昔の結婚式の話やこの地域の古い伝統の話など、たくさん聞くことができました。先週始まったジョグジャカルタでのEARTH MANUAL PROJECT展では、もともと日本で展示をしていた気仙沼の模型の隣にバカラン村の模型を並べて展示ができました。オープニングには、バカラン村の35名がバスに乗って会場に訪れてくれました。通常は展覧会の展示物に触らないというのが普通ですが、この模型のプロジェクトの場合は、展示物の回りでもう一度ワークショップが始まることになります。バカラン村ではこの模型のワークショップの成果とガジャマダ大学の学生たちの提案により、この場所にメモリアルパークを建設するという提案を、これから政府に提出すると聞いています。私たちはこのプロジェクトを通じて、まちはハードだけではなくて、まちは記憶でできている、というように感じました。そして、そのまちの記憶こそが、コミュニティにとっても非常に大事な財産であると感じています。

  

失われた街の復元模型プロジェクトを聞いて|ロバート・カークランド学部長
このプロジェクトというのは、EARTH MANUAL PROJECT展の中でも中核となる大きなプロジェクトで、パッと見ただけで、意味の深いものであると理解できました。25年間、私が常々感じていた場所や人によってつくられた環境というのが、記憶やアイデンティティに直接つながるものだということの裏付けだと思います。私の修士論文のテーマは、ウエスタン時代の部屋やオーナメントをテーマにして論文を書きました。室内や場所が、いかにアイデンティティにつながるかを書いています。このプロジェクトがやろうとしていることが、まさに私の心に響く、ホームであると、また私の研究のど真ん中であるというふうに思いました。このプロジェクトが建築を教える教育教材としても良い機会であると感じました。建築物というものが人の記憶や意義、そして災害があった後の癒しになり得るということを表していると思います。

プロジェクトへの学生の関りについて|
ロバート・カークランド学部長
このワークショップは、学生にとってとても意味のあることで、自分の持っているアイデアというものを創り上げていく、ものにしていくという過程が、大変重要であると思っています。まさにパワーオブデザインです。自分の持っているものを実践し、その実践をどう未来につなげ、そのつながりの部分が重要です。自分が持っていたアイデアが、世界に羽ばたいていって、他の人の経験やアイデアに影響を及ぼしていくということを感じて、体験するものがワークショップであると考えています。
槻橋修CResD副センター長
このような復興とか、プレイスメイキングみたいな場では、学生の力はとても強力です。地域の人たち、地域のコミュニティの人たちは、教員である我々が直接行くよりも、学生たちがそこで一生懸命プロジェクトを行うことで、地域の人たちが学生たちを応援したくなる、そこのコミュニケーションがたくさん行われることによって、実は地域の人たちが学生に引きずられて、教育されていきます。最終的には地域を作って行くのは、学生でも我々専門家でもなく、地域の人たちであるので、地域の人たちをどうやってデザインマインドに目を開いてもらうか、建築家になってもらうか、そういったことが理想であると考えています。その時に学生、若い人たちが、その地域に果たす役割というのがとても大きくて、重要だと思います。

総括|永田宏和
現在、保護主義的、自分のことしか考えないという社会になっている中で、災害について考えるということは、被災者がいて、誰かを守らなくてはいけなくて、寄り添わなければいけなりません。パーソンズ美術大学でのデザイン演習や失われた街の復元模型プロジェクトは人や地域に大きく寄り添っています。そのようなことに学生たちが、「クリエイティビティで何ができるか?」ということを考える意味というのがものすごく大きく思います。

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