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2020/3/23

REPORT

未来のかけらラボ vol.15 「声かけあって、また明日。―井戸掘りから生まれること」レポート

KIITOセンター長・芹沢高志をモデレーターに、身近に散らばる多様な未来のかけら、つまり可能性の芽を拾い集め、草の根的に自分たちの未来を思い描こうとしていく試み〈未来のかけらラボ〉。27日(金)に、上田假奈代さん(NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム))をお迎えし、第15回目となる「声かけあって、また明日。井戸掘りから生まれること」を開催しました。

 

 

上田假奈代さんは、2003年に大阪・新世界でゲストハウスとカフェのふりをした「ココルーム」を立ち上げ、アートと社会のかかわりをテーマに、表現活動を介して社会や地域で実践的な取り組みを行っています。

例えば、ホームレスの人たちに食料や必要なものを届ける〈夜回り〉という活動では、参加と一緒におむすびを作ってホームレスの人たちに配りに行きます。「ありがとう」「もう食べたから他のお腹がすいている人にやって」「もっとちょうだい」などのホームレスの方たちからは様々な反応があるそうです。〈夜回り〉では、初めてホームレスの人たちと接する人たちのために、それだけでは終わる事の無いよう終わった後に参加者同士で参加した中で感じたことなどを話す時間を毎回作っています。また、ココルームの店先に看護師さん、歯医者さんに来てもらい無料で検診、相談ができる〈まちかど保健室〉など多種多様な活動を行っています。

ココルームで活動をしていると、釜ヶ崎のおじさんたちや全国からやってくる人たちから「家が無い」「仕事が無い」「お金が無い」「友達がいない」「何をしていいか分からない」などの相談ごとを沢山持ちかけられるそうです。すべてに答えられるわけではないが、そんな時に一緒に「困ったね」と言うことで気持ちの整理がつく人も、気持ちがほぐれていく人もいる。また地域にいる様々な専門の人たちへ相談者をつなぐ橋渡しも行います

 


写真:ココルーム提供

 

活動の一つである〈釜ヶ崎芸術大学〉(以下:釜芸)では、「学び合いたい人がいれば、そこが大学」をキャッチフレーズに、写真家やアーティスト、書道家などのアーティストたちや大学教授や専門家による詩、書道、芸術などの講義やワークショップを行っています。その釜芸のプログラムとして2019年に、釜ヶ崎のおじさんたちが講師役となる井戸掘り講座を行いました。
ココルームが一体なぜ井戸掘りをすることになったのか。
トークセッションでは、そこに至った背景や、今後の展望を中心に詳しくお話を伺いました。

 

 

井戸掘りの始まりは、医師の中村哲さんが代表を務めるペシャワール会の存在がありました。そのペシャワール会の井戸掘りプロジェクトに当初から関わってきた蓮岡修さんは、10代の頃から上田さんのご友人だそうで、日本に帰ってきた際にココルームで蓮岡さんのお話を聞く会を催しました。そして、4年前に雑談の際に話してくれたことは以下のような内容でした。

アフガン難民たちのライフライン確保のためにNGOなどの支援団体は、効率のよい最新鋭の井戸をつくりますが、その井戸が壊れた場合、彼らが去った後では直すことができず折角作ったものは結果として根付きません。ペシャワール会の方針では、最新鋭のシステムよりも持続可能なシステムを選択し、壊れても地元の人たちの手で再生することのできる井戸を、現地の人々と一緒に作る活動を行っています。
蓮岡さんのこのお話は、昨今の災害時におけるライフライン確保の問題にも重なり、上田さんの頭の中にずっと残っていたそうです。

ココルームの活動拠点、西成区(あいりん地区)の一角にある釜ヶ崎は、寄り場、寄せ場と呼ばれ日雇い労働者の方たちが集まるエリアです。1950年代からドヤ街として急速に人口が増加し、簡易宿泊施設やアパートが密集。多い時では34万人もの人々が釜ヶ崎に集まっていたと言います。暴力団の拠点も数多くあったことから治安は悪化の一途を辿り、1961年~2008年までに多くの「西成暴動(釜ヶ崎暴動)」が発生。貧困や差別など社会問題が多くある町と言われています。そんな釜ヶ崎も、住民たちの高齢化が進み、皆生活保護を受けながら生活をしているのが現状です。その数はおよそ8200人。5年ほど前はおよそ1万人。世帯のほとんどは独り暮らしです。

住民たちが亡くなり空き部屋が増えると、利便性の高い釜ヶ崎にはホテルなどの宿泊施設が建てられ、旅行客やバックパッカーが増え、まちの雰囲気はどんどんと変わり続けています。治安の面から行きにくいと感じられていたまちが行きやすいまちになったとも捉えられますが、「最近きれいになったのね」と言われると、上田さんはその言葉に引っ掛かるものを感じていました。きれいになったものの下にある、釜ヶ崎の歴史、一人ひとりの歴史にふたをされてしまうような気持があったと言います。

 


写真:ココルーム提供

 

変わっていくまちの中で、おじさんたちのことをどう記憶に残していくことができるのかを考えた上田さんは、ココルームのゲストハウス清掃の仕事に来てくれている釜ヶ崎のおじさんに「井戸、掘れるかな」と話したところ、「掘りますよ」と快い返事が返ってきて、井戸掘りの計画はどんどんと進んでいきました。
行政への申請が要らないことを確認し、保険など必要な手続きも済み、おじさんたちの経験で必要な機材や道具も集まり、僧侶でもある講師の蓮岡さんによる開眼法要を行い、掘り始めました。その後、地質学者に出会い、尋ねてみると、ここにを掘れば水が出ることが確認できました。
井戸掘りの中心として手伝ってくれることになったおじさんに話を聞いてみると「実は昔、温泉を掘っていた」という経験者でした。その他にも掘採作業を経験したことのあるおじさんたちが心強い参加メンバーとして集まりました。

 


写真:中牟田雅央

 

穴掘り、土留の木枠づくり、レンガづくり、井戸掘りのための屋根づくりや滑車づくり。水中ポンプやヘルメットの手配などの作業に必要な準備や進行は、経験者のおじさんが指揮をとって進めていきます。おじさんたちの過去の経験と知識が活かされます。
井戸掘りに集まった参加者は、大人から子供までさまざま。過去の経験と知識を活かし、どんどん作業を進めていくおじさんたちを子どもたちは、[先生]と呼び、[先生]はその言葉と出会いにやりがいが生まれます。立場や世代を超えて、一つの目的に向かって協働することで井戸掘りという場から自然と絆や繋がりが生まれていきました。 4月からスタートした井戸掘りは上田さんの予想よりも長くかかり、半年ほどで完成を迎え、井戸開きのイベントが行われました。
完成した井戸から湧き出た水は、水質検査の結果、残念ながら飲み水の基準にはいたりませんでしたが、その活用方法をココルームの活動を支える人たちと、そこに集まる人たちと共に考えているそうです。

 

「ココルームは、釜ヶ崎のおじさんたちにとっての第三の場所(=サードプレイス)。家と職場、学校との往復だけではなく、誰にもそういった場所は必要」と上田さんは言います。
ココルームが実践した井戸掘りは、普段見てきたものごとを捉え直し、新たな認識や価値観を創出する出会いの場を生み、新たな関係をつくりだしました。井戸掘りは、おじさんたちとともに創りあげた第三の場所と言えるでしょう。
当たり前のものを無意識に受け止めるのではなく、町や人を温かく見つめる上田さんの視点と実践から、移り変わるまちや人の歴史を記憶に残すことについて深く考えさせられる時間となりました。

 


未来のかけらラボ vol.15 「声かけあって、また明日。井戸掘りから生まれること」
講師:上田假奈代(詩人・詩業家/NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム))
モデレーター:芹沢 高志(デザイン・クリエイティブセンター神戸 センター長)