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2019/3/28

イベントレポート

「セルフビルド」にまつわる連続トーク3:「本が広げるセルフビルドの世界」 レポート

2019年2月27日(水)
セルフビルドにまつわる連続トーク・第3回「本が広げるセルフビルドの世界」を開催しました。

第3回の講師は、京都の書店・誠光社店主で、自身でも既存のシステムに頼らない本屋作りを実践する堀部篤史さんです。

当日は、「セルフビルド」の定義とこの言葉の生まれた背景を考察しつつ、5つに分類して本を紹介いただきました。この分野を専門的に研究しているわけでもない、あくまで個人の書店主として考えたこと・選んだ本なので、というおことわりの上ででしたが、前提を確認してから基準となる1冊を設定し、そこから関連を見つけて、次の1冊を導き出すような流れでお話をお聞きすることで、立体的にものごとを考えるヒントを獲ることができました。

セルフビルドの定義、言葉の生まれる背景
辞書を引くと「家などを自分で建てる/自己建築/建てたものそのもの」といった言葉が出てくるが、自分が建てることなんて、大昔は自然な行為だったはず。わざわざ単語になっているということは、不自然、または稀な行為として変化したか?、と疑問がわいてくる。
おそらく、産業革命や第二次大戦による技術の進歩、富裕層の登場、大量生産・大量消費の時代となってきて、家を購入するという状況がうまれ、自分が作れないものに囲まれるようになってきた。材料と労働力がばらばらになって、分業化するようになった。これらがセルフビルドという言葉が普及する背景になっているだろう。

復員兵の家族のための家が一気に建てられた。家づくりがシステム化され、均質な家の集合体の、似たような風景の郊外がたくさんできた。ニューヨーク郊外に建てられたレヴィットタウンはフォーディズムを住宅に取り入れたもの。大量生産とコストダウン、工期短縮を目指し、大工や職人が全体像を見ながらではなく、分業式で作った。ここで、住む人の自由や住宅の個性だけでなく、労働者の仕事のクリエイティビティ、作る喜びが失われた。1人の人が全体像を持って1つの調和の取れた建造物を生み出すことがなくなった。
高度資本主義で分業化、効率化されたのは製造分野だけではない。生活に合わせて環境を彩る自由がなくなり、商品を選択することでのみ生活の差異が生じる。ゆるやかな階級社会、商品の情報化、材料や人材の植民地化。いろいろ取り寄せるから地域色がなくなり、均質化する。建築家を雇って家を建てる行為はある程度収入がある人ではないとできないので、階級が生じる。
そんな中、セルフビルドという言葉は、消費社会において個別の美意識や作る喜びを取り戻す行為、高度資本主義経済からはみ出すカウンターカルチャー的な行為という意味合いを持っていく。
つまり、セルフビルド的な本:カウンターカルチャー的、ドロップアウト的で、社会から一歩離れて自分を見つめなおす、システムを考え直す本。

今回は、石山修武「セルフビルドの世界 家やまちは自分で作る」(ちくま文庫)を1つのガイドとして選書した。
セルフビルド建築の事例をたくさん紹介している面白い本。この前書きにはバックミンスター・フラー、ウィリアム・モリス、鴨長明、ブルーノ・タウト、アポロ13号など、さまざまな名前が挙がっている。石山さん自身はその理由を細かく書いてはいないが、この前書きをガイドにする。

1.高度分業から「協働」へ セルフビルドの前段階
SD選書226「ウィリアム・モリス 近代デザインの原点」(鹿島出版会)
協働で作りあげることはセルフビルドへの第一歩。ウィリアム・モリスは社会主義運動にも傾倒したし、デザイン、詩作、商社、出版社もした、仕事の範囲が非常に広いが、すべてが関連しあっている。アーツアンドクラフツ運動とか、手仕事の喜びを啓蒙した。
絵画や彫刻など、そのものが目的になる芸術のための芸術ではなく、生活のための芸術。器、壁紙などが真の芸術であり、それを作り、生活に採り入れることで、人々の暮らしを豊かにする。芸術をつくること自体が価値であり喜びになれば、報酬は必要ない、などと語る。自分たちが全体像を持って、協働だけど分業ではない、ともにひとつの世界観をつくる仕事。それぞれの人が職人。それを未来的に考えた。

「STUDIO MUMBAI: Praxis」(TOTO出版)
スタジオ・ムンバイは、建築家や職人が一緒に働いている。モリスの家みたいな感じ。ヒンジなど細かいものまで自分たちで作る。そこで働くこと自体が魅力になっているという。

「タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐに本を作る」(玄光社)
出版も分業が当たり前になっているが、ここはギルドっぽい感じで出版社の中にいろいろな職人がいる。インドの伝統絵師を積極的に起用して、自国の文化を尊重する。この制作方法は月2000冊が限界。分業できない。前近代的でいて未来的。持続可能な在り方だと思う。

シュタイデルの本
タラブックスみたいなことを全く違うアプローチでやっている。クオリティを重視した結果、すべてを社内生産してコントロールしている。美や美意識を追求するとグローバルなことにならないひとつの例ではないか。

吉田亮人さんの写真集
身近な例として。写真家だけど、常に自費出版で写真集を作る。その考え方がおもしろい。働くことは彼の関心、モチーフのひとつ。本は大量生産が前提なので、少部数で特殊なことがやりづらい。それなら自分たちで作ろう、とワークショップを開いて作る。大量生産ではできないことを非常に意識的にやっている。

2.持続可能性のためのセルフビルド
バックミンスター・フラー「コズモグラフィー」「クリティカルパス」(白揚社)
フラーは、宇宙から見て、建築、化学、思想をぜんぶ融合して考えた人。ジオデシックドームは三角形の構造体の組み合わせ。最小限の構造で最大限の効果を獲ていることは、エコロジー、サスティナビリティに直結している。デザインで建築であり思想。
こういう考え方って奥深いけれど非常にキャッチ―で、一般大衆も自分たちなりに昇華して、ヒッピーカルチャーやそれに続く流れに影響を与えていく。ヒッピーのライフスタイルのマニュアルみたいなものにもジオデシックドームの応用法などが掲載されている。

3.自己変革としてのセルフビルド
もっと個人的な、社会からのドロップアウトのためのセルフビルド。

H.D.ソロー「森の生活」(岩波書店)
ソローは文明から離れた暮らしを2年ほど行って本にした。経済や社会を切り離すのではなく、その中で実験をしていた。土地や仕事に縛られることを批判している。時間と経済のかかわりについて語って、人間は本来何に時間をかけるべきかを設計しなおし、これぐらいの経済活動で人間は十分生きていけるんだ、と実践した人。ゼロからセルフビルドしているわけではなく、他人の小屋を買ってつぶして、自分の部屋の材料に使ったりしている。あまりに個人主義的、アナーキーすぎるという意見もある。ソローは個人的、モリスはもっと社会主義的と言える。

鴨長明「方丈記」(古典新訳文庫、光文社)
出世に失敗して厭世観をもって、都を離れて家を建てて住んだ。面白いポイントは、モバイルハウスだったこと。解体して牛舎2台で移動できた。当時は自然災害が頻発しており、立派な家を建てることは意味がないという考えから。土地に縛られない生き方。自分たちのコントロールできること以外で、自分たちの生活が左右されることに警鐘を鳴らしていた。どこにいっても暮らしていけるんだ、というのはソローにも通じる考え方。セルフビルドらしい事例。

「関野吉晴ゼミ カレーライスを一から作る」(ポプラ社)
すべて自分たちで作ろう、となったときに、それができる、ではなくて、いろいろなものが関連してできている、ゼロでなく1からなんだ、ということが逆説的だけどおもしろい。1から作るをやることによって、今まで見えてなかった製品が作られるプロセスを意識する。結果ではなく過程から見えてくるものがある。根本的なところからはじめるのがセルフビルド的。

4.ブリコラージュとしてのセルフビルド
レヴィ=ストロース「野生の思考」(みすず書房)
ブリコラージュという概念は器用仕事、日曜大工等と訳されるし、ありあわせのもので何かを考えながら作るということで、いろいろなところに敷衍されている。ブリコラージュによってできたものは、その土地や作った人の個性が出ている。

小倉ヒラク「発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ」(木楽舎)
レヴィ=ストロースや文化人類学に影響を受けて発酵を語った人。発酵はブリコラージュ的だと語る。レヴィ=ストロースや贈与論にあたるよりもこの本にあたるほうがわかりやすいかも。発酵はカウンターカルチャー的な語られ方をしている。DIYで、大きな規模ではできず、小さな規模でしたほうがおいしい。規模が大きいほどよくできるものとは異なり、資本に占有されない。

5.自己表現としてのセルフビルド
自分の内側にあるものを現前化させるという意味でのセルフビルド。

チャールズ・シミック「コーネルの箱」(文藝春秋)
当時の100円均一ショップのようなところや落としもので箱の中の小宇宙を作ったコーネル。シュルレアリストは、無意識の世界やコラージュをひとつの作品作りのインスピレーションをしたが、コーネルのような自分の内面をセルフビルドした人と近い部分がある。

加賀谷哲朗「驚嘆!セルフビルド建築 沢田マンションの冒険」(ちくま文庫)
岡啓輔「バベる! 自力でビルを建てる男」(筑摩書房)
LIXIL BOOKLET「幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷」(LIXIL出版)
自分でマンションやビルを作る日本での事例。岡さんはジョン・ラスキンの「楽しんで作ったものは美しい」という言葉に影響を受けたという。異色なのは松浦武四郎。いろいろなものを収集、模写してコレクター的に世の中を見聞した。晩年に建てたのが一畳敷で、いろいろな名建築の一部を取り入れて、91のパーツから一畳の書斎を作った。旅の記録が空間として残っている。本来の意味合いとは違うが、自分自身を組み立てたという意味ではセルフをビルドしたと言える。

誠光社の実践から
最後に、堀部さん自身が誠光社を立ち上げた経緯のお話をお聞きしました。

出版業界は非常に利幅の低い業界。書店に複合店が多いのは、本以外のもので利ザヤを確保しなくてはいけないから。そうなると本が好きで来るのではなく、他の目的で来る人が増えてくる。それに違和感を感じ、本屋だけども設定をやりなおしたら、思い通りにできるのではないかと考えて、小規模化/直接買取/職住一致/家族経営、にした。それぞれにリスクやデメリットもあるが、拡大ではなく、適度に保つことで、労働の価値自体を変えたら、労働は喜びになる。
新しい仕事をつくるとか、大げさな話ではない。自分が関わっている現場の問題点を、もう一度客観的に、時にはソローやフラーみたいに俯瞰して見たときに、疑問点が浮かんできて、見え方が変わることがある。それによって現場と自分との関係を変えていくことが、仕事をセルフビルドするということ。それは、どういう生き方をするか、何に美意識を持っているかということと切り離せない。

要するに、セルフビルドとは、カウンターカルチャーであり、自分を見つめなおすことであり、ドロップアウトすることであり、単に建造物を作るということではなくて、今の社会とか在り方を見直すような考え方。

本企画のために選書されたブックリストは計36冊。トークの中で紹介された本は、含まれているものも、含まれていないものもあります。基本的に現在販売されていて、入手可能な本です。この36冊はKIITO2階のライブラリに開架しており、リストをリーフレットとしても制作しました。KIITOに読みに来るもよし、気になった1冊を購入して見るもよし、ご自身に合った方法で深めてみてください。少し客観的な視点で、いろいろなことを見直せるきっかけになるかもしれません。

セルフビルドにまつわるブックリスト リーフレットPDF
http://kiito.jp/news/2019/04/29/34740/

セルフビルドにまつわる連続トーク3:本から広がるセルフビルドの世界
http://kiito.jp/schedule/lecture/articles/32791/