2023/7/25
イベントレポート
2023年6月30日(金)
「キイトナイト28 デザインレポート05:ミラノデザインウィーク2023」を開催いたしました。
コロナ渦を経て4年ぶりに、デザインリサーチャーの久慈達也さんをKIITOにお招きし、国際家具見本市「ミラノサローネ」と市内各所で開催される「フォーリサローネ」の動向についてお話を伺いました。ゲストには、若手デザイナーの登竜門と呼ばれる「サローネサテリテ・アワード」でグランプリを獲得したデザインラボ「HONOKA」より、鈴木僚さん、栃木盛宇さんをお招きし、「TATAMI ReFAB PROJECT」や作品について、最新のデザインの動向や世界における日本のデザインの立ち位置について、お話いただきました。
今回もイベントの内容を久慈さんにレポートにまとめていただきました。
当日参加できなかった方もぜひ、ご覧ください。
==
デザインレポート05:ミラノデザインウィーク2023
◯4年ぶりの4月開催
コロナ禍を経て、4年ぶりに通常通りの4月開催となったミラノサローネ国際家具見本市。61回目の開催となる同見本市には181か国から307,418人が来場したが、コロナ禍の余波やウクライナ侵攻などが響いたのであろう、2019年と比べると8万人減という数字だった。それでも、主要な家具メーカーが新製品を発表する機会であり、ミラノデザインウィークとして街全体がデザインに彩られる点において特別な存在であることは変わらない。若手デザイナーの登竜門となってきた「サローネサテリテ」には日本からの出展も盛んで、今年グランプリを獲得したのも、日本から出展したデザインラボHONOKAによるTATAMI ReFAB PROJECTだった。
ミラノサローネ国際家具見本市 |
TATAMI ReFAB PROJECTが サローネサテリテアワード・グランプリを獲得。 ©️HONOKA |
◯エシカルとインクルーシブ
ミラノデザインウィーク全体を通して、良くも悪くも印象に残ったのが“フラットパック”という言葉。ALCOVAに出展していたアレッサンドロ・スタビルとマルティネッリ・ヴェネツィアは、単一素材でビス不使用、誰もが簡単に組み立てられる椅子〈OTO Chair–One to one〉を開発。2020年の発表から3年をかけて製品化までたどり着いたというこの椅子は、従来の金型の3分の1の大きさで生産可能であり、物流から輸送まで生産段階を最適化した上で販売される。
その一方で若手のデザイナーたちからは“フラットパックにできるから環境に良い”という説明を何度も受けた。たしかに輸送費の軽減は魅力的な提案であり、持続可能性に貢献することも事実だろうが、検証が伴わなければその効果はいかほどなのか疑わしい。例えば、12脚までのスタッキングが可能なMAGISのBELLのように、輸送時のクレートまでデザイナーが設計するなど、企業とともに問題を多角的に突き詰めている事例ある。必ずしもフラットパックが輸送費削減と環境負荷低減の絶対的な方法でない以上、お手軽な“免罪符”のように用いることは避けるべきであろう。
コロナ禍以前に比べて市内における大学関係の展示は明らかに減っているが、「Inclusive Design」をテーマに出展したETH Zurich(チューリッヒ工科大学)のように変化を期待させる例も見られた。インクルーシブ・デザインとは、従来のデザインプロセスの中で「排除されてきた」人々をデザインプロセスの初期段階から参画させ、彼らとともに設計することで社会的・経済的な包摂を目指すデザインの考え方であるが、ミラノデザインウィークの場で展示の主題として顕在化したのは初めてだろう。展示を説明してくれた学生の中にも障がい者がおり、これまでにはない光景として印象に残った。あらためて、デザインウィークがいかに彼らを包摂してこなかったかという現実に気づかされた。
Alessandro Stabile & Martinelli Venezia〈OTO Chair–One to one〉 |
ETH Zurich |
◯素材からはじめる
トラックの幌布を仕立て直した鞄で知られるフライターグは、今年、生地/ストラップ/バックル全てがMonoPA6(ポリアミド6)という単一素材で構成されるバックパックのプロトタイプを展示した。リユースのリーディング・カンパニーであった同社が、現状に満足することなく完全循環可能な素材の自社開発にまで踏み込んできたことは、持続可能性を前提とする今日のデザイン業界にとって大きな意味をもつ。
2016年設立のデザインリサーチラボAtelier LUMA(アトリエ・ルマ)も、素材からデザインを立ち上げるという近年の傾向を牽引する存在である。南フランスのアルルを拠点に、素材開発を主としたデザインアプローチで知られ、「Algae Geographies」という微細藻類を使った3Dプリンティングプロダクトで知名度を得た。彼らの活動を理解する上で重要な概念が「ビオリージョナル(bio-regional)」である。人間が作り出した国民国家という境界ではなく、自然の生態環境の特徴を重視し、その土地にある素材をデザインに活用する考え方を指すが、現地で採取できる素材から現地で製造できれば、グローバル化されたサプライチェーンから地域のエコシステムへの移行をうながすことができる。今回ALCOVAで大規模な展示を行ったことで、アルル近郊の塩の名産地カマルグで取り組まれている抗菌効果を持った塩のドアハンドルや塩で作る建材、稲藁、羊毛など興味深い取り組みが同時並行で進んでいる現状を知ることができた。
Atelier LUMA |
Jiaming Liu〈Print Clay Humidifier〉 |
このほか、香港の建築デザイン事務所Studio RYTEによる生分解性の亜麻繊維(リネン)で作られた軽量スツール〈Triplex Stool 4.0〉や、LEXUS DESIGN AWARD 2023の受賞作品の一つに選ばれた、ジャーミン・リュウによる不要になった陶器を原料とした加湿器〈Print Clay Humidifier〉など、素材からはじめるデザイン事例には事欠かない。後者は、吸収効率を高めるべくセラミックパウダーの配合を工夫し、加湿のために表面積の多い形状を3D印刷で実現した作品である。共通しているのは、これまで使われなかったものや廃棄されてきたものを起点に新たなプロダクトを生み出すことであり、今回サローネサテリテでグランプリを獲得したTATAMI ReFAB PROJECTも同様のアプローチを採るものといえる。
◯TATAMI ReFAB PROJECT
プロダクトデザイナー6名で構成されるデザインラボHONOKAは、3Dプリントをはじめとする次世代の製法を研究活用し、手触りや香り、色彩など、自然素材の魅力を伝えることを目的に結成された。彼らの第一弾の取り組みであるTATAMI ReFAB PROJECTは、畳の原材料である“い草”に着目したもの。畳は香りや肌触りが良いだけでなく消臭・調湿効果もある機能的な製品として古くから愛されてきたが、生活様式の変化により、現代では触れる機会は少ない。大型3Dプリンターという新しい技術を用いて、畳がある生活文化を次生代へと橋渡しすることが、このプロジェクトが目指すところである。畳を製造する過程で廃棄されるい草は生産量の4割近くになるらしく、い草を粉末状にして生分解性樹脂と混ぜ合わせ3D印刷用のペレットを作成するところから始まる。酢酸セルロースとい草粉末の配合率を変えていくことで、濃い緑から透明にグラデーションしたテーブルや照明、スツールなど3D印刷の特性にあわせ実験的な造形にも挑戦したという。原料となるい草はイケヒコ・コーポレーション、3D印刷はExtraBold社の協賛によるものだ。
今回、サローネサテリテの出展で見事グランプリを獲得したが、メンバーは「背景にあるストーリーだけでなく純粋に製品として美しいと思ってもらえたことが嬉しい」と語る。ミラノでの出展経験を通し、モノが持続可能な素材で作られているということはもちろん、作られたモノが展示され、多くの人に興味をもってもらうことで人々の意識を少しずつ変えていくことにつながる、と再認識したそうだ。
TATAMI ReFAB PROJECT制作過程 ©️HONOKA |
TATAMI ReFAB PROJECT試作 ©️HONOKA |
◯課題解決を超えて
これまで述べてきたように、フラットパックや素材開発など、持続可能な社会に対する提言となりうるものが現在のデザインの主流となっていることは疑いようがない。そのような中にあって、“課題解決こそがデザインである”という近年の図式を乗り越えようとする気配も感じられた。
ミラノ市が計画している新しい建築デザインセンターDropcityで行われた「The Thinking Piece」に出展されたTAKT PROJECTの作品〈Homage to SHIRO KURAMATA〉は、倉俣史朗の〈Begin the Beguine1985〉へのオマージュであるだけでなく、近年のデザインのあり方に疑問を投げかける作品となっている。作品に添えられたステートメントでは次のように述べられている。
(ただ心を奪われ、立ち止まってしまう…)そんな心が動く瞬間は、すぐには「説明ができない」。しかし、それこそが人の心を耕し、深く行動に影響を与え続けるのではないだろうか。そしてそんな言語化できない価値の存在を、デザインは訴え続けてきたのではないだろうか。社会課題が山積した現代社会において、ますます透明性が求められ、誰もが納得できる「説明可能」な事が、極めて重要になっている。だからこそ、デザインが持つその特異な役割に、光を当て続けなければならない。
TAKT PROJECTによる指摘は、デザイナーとは何者なのか? をあらためて考えさせる。社会実装を目指すプロジェクトとは別に、時代の空気を捉えることや“美しさ”にかたちを与えることも、デザインが果たしてきた重要な側面にほかならない。
“楽器とともに暮らすことが楽しくなる、家具のようなもの”を提案したヤマハデザイン研究所の展示〈You Are Here〉も同様の問題提起をはらむものと捉えられる。楽器を物ではなく友人やペットのように特別な親密さをもつ存在と考えるところから出発した展示には、使い終わった弦を飾る花器のような道具もあり、“愛おしさ”の先に生まれる美しい佇まいを見せていた。ソリューションという言葉から最も縁遠いところ存在するモノたちは、大文字の“社会課題”に対し、密やかではあるが、立ち止まって考えることの重要性を示唆していたように思う。こうした考え方がガラパゴスとなるか嚆矢となるのかは、来年以降に徐々に明らかになっていくはずだが、デザインの現在地を確認し、変化の兆しを感じ取ることができるからこそ、ミラノデザインウィークは愉しく、また足を運ぶべき場所となり続けてきたのだろう。
TAKT PROJECT〈Homage to SHIRO KURAMATA〉 |
YAMAHA〈You Are Here〉 |
文責:久慈達也
イベントページはこちら