1995年1月
いとこが住んでいる六甲が、きれいで好きだった。
でも地震でぐちゃぐちゃになってしまった。
2009年4月
恋人が亡くなった。
私は喪失に耐えきれず、受け容れられず、儀式も日常も拒否してぐちゃぐちゃになってしまった。
2010年1月
恋人を喪くして
もうすぐ一年経つんだから。
前を向いて。元気で。
というあたりに、物語の着地点を定められているような気がしていた。
震災の追悼式典の様子が、テレビから流れる。
15年前に地震で子供を喪くしたお父さんが泣いていた。
15年経っても泣いていた。
きっとその前もその前も泣いていた。
その後もその後も。
2012年1月
神戸に引っ越して、甲南山手の駅はきれい。
それは一度壊れて、建て替えたから。
六甲もいつのまにかきれいに元通り。
私たちは平気なふりをして、きれいな顔をしている。
2024年
あったはずの未来へ帰ることはできない。
絶望が横たわり、すぐ隣のレイヤーへさえ移動できない。
定められし物語の終着点は、ズレた断層に飲み込まれたままで着地できない。
私が自分を重ねたあのお父さんはどうしているだろうか。
私は自分を重ねたこの街で、ただ目の前の日常に似た淡い日々を積み重ねて、15年経っても泣いていた。
その前もその前もずっと。
その後もその後もきっと。
タイトル
fault
投稿者
ここぴ
年齢
41歳
1995年の居住地
大阪府東大阪市
手記を書いた理由
死から何も得たくないので、言葉にして死に返します。