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半年前に、猫を飼い始めたところだった。
当時、小学校1年生だった弟が近所の公園へ遊びに行き、暗くなっても帰ってこない。心配した母が迎えに行くと、段ボールに入った小さなトラ猫のそばにいたそうだ。そのまま家族になった。

その猫が、ソファの後ろに隠れたまま、なかなか出てこようとしなかった。あの揺れの後のことだ。テレビが轟轟ごうごうと火を噴く家屋の様子を映し出していたのを覚えている。大阪の家の被害は、猫のお皿の水が溢れただけだった。

近所の友達が、家族でボランティアに行ったと聞いた。いや、ボランティアという言葉もまだ知らなかったかもしれない。偉いなと思った。それからすぐ、クリスマスプレゼントのテレビゲームに夢中になった。

今は神戸で暮らしている。猫は震災から15年後に亡くなった。神戸の街は、すっかり綺麗になったように見える。震災に関するイベントに参加したり、時々は、東遊園地に行って手を合わせる。でもあのとき、近くて遠いところにいた私は、この街の本当のことを知らないし、知ることはできないだろうとずっと思っている。

まだあの炎と煙の映像を覚えている。
それが11歳の私にできた唯一のことだった。

タイトル

11歳だった

投稿者

神戸に本屋をつくる

年齢

41歳

1995年の居住地

大阪府大阪市

手記を書いた理由

私は震災を体験していません。
体験はしていないけれど、同時代に生きた一人としてそれを経験しました。
いま神戸に暮らしていて、これからも暮らしつづけようと考えている者として、ここに書き残しておくことで、その経験を忘れないでいたいと思った。