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2017/12/27

REPORT

日本酒学「蔵元が語る、日本酒造りと楽しみ方」(10月29日) レポート

10月29日(日)、日本酒学「蔵元が語る、日本酒造りと楽しみ方」を開催しました。会場は、10月23日に引き続き大丸神戸店6階の「M BASE」です。
今回の講師は、剣菱酒造株式会社 社長の白樫政孝さんと、播州地酒ひの 店主の日野明さんのお二人。前回同様、実際に試飲しながら奥深い日本酒の世界へと足を踏み入れます。

剣菱酒造の歴史
剣菱酒造は永正2年(1505年)に伊丹で創業し、約500年の歴史があります。灘に移ったのは昭和3年。その頃、応仁の乱から逃れてきた京都の職人が池田・伊丹にたどり着き、酒蔵がさかんになったことで日本酒の商売が始まりました。それまでのお酒は、旨味といえば「甘み」、甘ったるいか味がないかのどちらかでした。しかし、飲み始めは甘く後口は残らない焼酎が生まれると、伊丹の酒が途端に人気になったのです。

剣菱の日本酒にはファンも多く、幕末の志士たちに影響を与えた頼山陽や、学者の藤田東湖が有名です。また、薩摩藩に酒を贈ったという記録も残っています。中でも藤田東湖の弟子である山内容堂にまつわるエピソードで、かの坂本龍馬の脱藩は剣菱の一気飲みで許された、という話があります。脱藩した坂本龍馬を自分のもとに置いていた勝海舟が、何とか彼を許してもらおうと考えていたあるとき、下田で容堂から一杯飲もうと誘いを受けます。この機会を利用しようと考えた勝は容堂の泊まる寺へと赴き、頃合いを見て「いまお宅の坂本龍馬を預かっているのですが、どうか許してやってもらえませんか」と切り出します。その日の容堂はかなり酔っており、腰につけた剣菱入りのひょうたんを取り出すと「これを一番大きな盃で一気飲みしたら許してやる」と言ってきました。勝は下戸だったのですが、仕方がないと一気に飲み干します。その様子を見て「あの勝が飲むくらいだから龍馬は良い男なんだろう」と、脱藩を許したのだとか。

このような逸話が残っているように、幕末までは多くの人に嗜まれ調子が良かった剣菱ですが、明治維新以降、酒税が上がったことや米騒動での米の価格高騰など様々な理由で3度も倒産の危機に直面しました。その後、もともとは大阪で小売店を営んでいた白樫さんのひいおじいさまが大正13年に剣菱を買い、3年後に灘に移り現在に至ります。灘へと移った理由としては、水の質の良さ、運搬のしやすさ、宮水の存在が決め手だったといいます。

剣菱酒造を支える3つの家訓
今や日本酒を世界に輸出している剣菱は、酒造り専用の道具を自分たちの手で作ることもあるほどこだわりの深い酒造です。その酒の味は創業以来500年、ずっと変わっていないと言われています。剣菱酒造の酒造りの伝統を、じっくりと語っていただきました。

剣菱酒造にある3つの家訓の1つ目は「止まった時計でいること」。世間の日本酒の味のブームには変化がありますが、その味は何百年もの流れの中でまた戻ってきます。しかし、何が流行っているかを聞いて作り始めるのでは遅い。それでは「遅れている時計」と同じです。それならば、同じ味を造り続ける「止まった時計」でいよう、というのが1つ目の家訓です。「味の流行に惑わされず、今までのお客さんが美味しいと飲んでくれた味、また自分が作っていちばん自信がある酒を造り続けなさい。そこに迷いが出ればお客さんの味にも迷いが出る」と。長く続く酒蔵だからこその説得力がありました。
2つ目の家訓は、「酒造りにかける費用を惜しむな」。お客様からいただいたお金で新しいお酒を造っているのだから、ひと手間かけて美味しくなるのであれば費用を惜しむような真似はしないこと。「この米を使ったらもっと美味しくなる」と思ったら買いなさい、という教えだそうです。
3つ目は、「背伸びをしたら買えるくらいの価格帯にする」。お酒は、料理とともに楽しむことで料理をより美味しくします。そしてお酒は、その美味しい料理を食べることによって私たちを幸せな気分にさせてくれるという役割を持っているのです。しかし、値段が高すぎるとそれを気にしてうまく酔えないということもあるため、ちょうどよい適正な価格が必要です。経営していく上で高い価格をつけたお酒を売ることも重要ですが、やりすぎはお客さんとの信頼関係を失うことになりかねません。
これらを達成するために、剣菱酒造では「マス広告(テレビや雑誌等の広告記事)を考える」「セールスマンを1人も置かない」を実践しています。この2つをすることでコスト削減につながり、お客様に向けた「背伸びしたら買える値段」になるのです。

伝統を守り続ける剣菱
昨今、いわゆる「生酒」と分類されるようなフルーティーで飲みやすいお酒が注目されていますが、剣菱はその分野には手を出さない、と白樫さんは力強く言います。
そもそも、生酒は日本酒と製法が全く異なります。大吟醸や吟醸のように米をたくさん削ったお酒というのは、削れば削るほどフルーティーな香りがする代わりに、削った分旨味が減るため味わいが薄くなります。ゆえに、日本酒とは正反対に位置するのです。作り方を根本的に変えてしまっては家訓に反します。香りが華やかな大吟醸のような酒が剣菱で生まれたら新鮮ですが、それはこれまで守ってきた「剣菱の味わい」ではないのです。
広島にあるお酒を勉強する機関に半年間在籍していた白樫さんは、剣菱は教科書に載っていないことばかりやっており、それは剣菱にしか残っていないような昔ながらの造り方をしているのだと気づいたそうです。

日野さんの店を訪れる酒造りに携わる人は、みな口を揃えて「剣菱は別次元の神様のような蔵だ」と言います。同じ灘の酒蔵でも、コンピューターを使って自動で大量に造っているところが多い中、造り方から道具まで、剣菱みたいな大手がどうしてこんな造り方をしているのか、と疑問の声が上がるほど、全てにおいて手づくりにこだわっています。
その中のひとつが、桶です。剣菱では酒造りの米を蒸す工程で木の桶を使っていますが、この桶は外注に出さず手作りしています。その中で米を冷やす際、効率よく行なうため明け方の一番寒い時間帯に作業するのですが、このときに桶がステンレス製のものだと温度差によって内側に結露が発生してしまいます。結露の水滴は酒造りに良くないので、熱伝導率が低く多少の水なら吸ってくれる木製の桶を使用しているのです。

試飲で味わう歴史の味
年ごとに米の出来不出来が違うと商品にばらつきが出てしまい買う時に困ってしまうため、剣菱の商品は全て、複数年度のものをブレンドして常に同じ味にしています。今回参加者が試飲したのは、以下の3種の日本酒を、常温の状態と熱燗にしたものの計6パターンです。

①黒松剣菱
アルコール添加している本醸造酒で、剣菱の中でもいちばん歴史が古い日本酒です。だいたい1年~4年ものをブレンドしており、米は山田錦と有山(震災までは剣菱専用米だったもの)を使用しています。醤油や味噌と言った、料理のさしすせそを使った和食や鶏肉、豚肉に合う一方で、白身魚など淡白な味の和食とはあまり相性がよくありません。

②黒松剣菱 樽酒
一般ではなかなか飲む機会がない、日野さんが店用に樽で買っているものを特別に用意しました。昔は樽の状態で江戸に運ばれていたため、一般人にとって樽酒の味=剣菱の味だったようです。旨味が多く独特の風味がするお酒で、日本酒初心者にはまず出さない通の味。

③瑞穂剣菱
2年間熟成したものをブレンドした純米酒。米は山田錦を使用しています。

ところで、剣菱では本醸造や純米酒のような「特定名称酒」の名称を明記していないため、酒税法では普通酒扱いとなっています。それは、剣菱が使用する米の種類や割合を毎年変えているから。「今年のこの米だったら、何%削ったらいつもの剣菱の味になる」というように判断をしているうえ、年代別に多種をブレンドしているため、精米具合(米を削った量)をいちいち明記していたら大変な作業になってしまうのです。肩書が明記してあったほうが売りやすいのですが、剣菱は、そうして酒の味が変わってしまうことよりも肩書無しで今までの味を守ることを選びました。このことからも、伝統を守る強い信念が伝わってきます。

日本酒と相性の良い料理とは
淡麗辛口が流行った時期がありましたが、味の濃い料理を合わせると剣菱の酒感が抜けてしまうし、逆に味の薄い料理を合わせても剣菱が勝ちすぎてしまいます。
日本酒やワインは足し算、もしくは掛け算のお酒です。料理と酒の相性が合えば美味しさはプラスされて何倍にもなります。日野さんいわく、「この酒に合う料理を作ってくれ!」という声が一番嬉しい反面、料理とのマッチングは非常に難しいのだとか。似たような味同士を合わせてみる、という方法が一番わかりやすいのだそうです。

また、後半は参加者から質問が出る場面もあり、「山田錦が作りづらいなどの状況になると酒造りにも影響があるのか」という質問に対しては、「温暖化と言われているが、米は暖かいところで育つのであまり影響はなく、山廃に関しては製法は変わっていない」というやり取りもありました。

1時間半、たっぷりと日本酒、そして剣菱酒造について語っていただいたワークショップ。
脈々と受け継がれてきた酒造りの技、そしてそこから生み出された深い味わいを堪能することができました。

日本酒学「蔵元が語る、日本酒造りと楽しみ方」