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2019/7/3

REPORT

「THERIACAデザイナー濱田明日香のあたまのなか」 レポート(「THERIACA 服のかたち/体のかたち」展関連企画)

2019/6/7(金)
「THERIACA 服のかたち/体のかたち」展の関連企画として、トークイベント「THERIACAデザイナー濱田明日香のあたまのなか」を開催しました。

濱田明日香さんのほかに、ゲストに2018年夏に開催された元々の展覧会の企画者である、島根県立石見美術館主任学芸員の廣田理紗さん、さらに、聞き手として神戸ファッション美術館学芸員の次六尚子さんに登壇いただきました。
当初想定よりたくさんの方に参加希望のお問い合わせをいただき、会場を変更しての開催となりました。東京など遠方から参加くださる方も複数いらっしゃいました。

島根県立石見美術館の展覧会を作っていった経緯、KIITOでの巡回展示との違い、濱田さんの自身のブランドのほかに多岐にわたる活動をする理由や制作に対する姿勢など、さまざまなお話を聞くことができました。

きっかけは手芸本
ファッションが美術館で展示されるようになったのはそれほど古い歴史ではないものの、近年増えてきています。そんな中、濱田さんにとっては、島根県立石見美術館での展示が初めての美術展。展覧会が作られた経緯を廣田さんと濱田さんからお聞きしました。

島根県立石見美術館のある石見地方は、ファッションデザイナーの森英恵さんの出身地であることをきっかけとして、活動の柱の一つにファッションを据えている(日本の公立館では現在石見と神戸ファッション美術館のみ)。森英恵さんが2012年まで財団で行っていた若手育成活動の精神を受け継ぐ枠として、2016年から次世代を担うファッション分野のクリエイター育成を目的とした事業をスタートさせた。1回目は、石見という土地に特化した内容とするため、コズミックワンダーが石州和紙を使ってワークショップおよび発表を行った。2回目は、かたちやサイズなど、もう少し服の普遍的な要素を問うような内容にしたいと廣田さんは考えていたそうです。

そんなとき、廣田さん自身、服を縫うことや手芸本を見ることが好きだったこともあり、濱田さんの手芸本(「かたちの服」「大きな服を着る、小さな服を着る。」)に出会った。これらが、手芸本にしては写真がきれいに撮ってあって魅力的だし、作り方の解説がすごく丁寧で、「ちょっと特別な感じがした」とのこと。内容から、きっとこの人は教えるのが上手だなと感じ、リサーチを開始。見つけたウェブのインタビューで、すごく好奇心を持って日々暮らしていることやクリエーションの姿勢を確認でき、思い切ってメールをしたことからはじまったようです。
服の普遍的なことを問いたい、ワークショップの課題と展覧会のテーマはリンクさせる、ということ以外は、ゼロから考えて濱田さんと廣田さんが一緒に作っていった本展。濱田さんは、美術館でやるなら、一部のファッション好きの人のためだけではなく、誰でもが服のおもしろさを感じられるものにしようと考え、手芸本の「かたちの服」を発展させ、それらを3Dにしてみようということをテーマに据えたとのこと。
ただ、円柱など幾何学的なかたちの3D化と思いきや、日用品を立体に。この発想には、廣田さんも驚いたそうです。同じ立体でも、単なる円柱ではなく、トイレットペーパーみたいな日用品が服になっている、それなら、年齢性別問わずおもしろがれるポイントになるのではないかと濱田さんは考えたそうです。そこから先、どの日用品が服にしてかわいいかは、とにかく実験を重ねるのみ。千本ノックのように片っ端から服にしていって、検討を重ねて作って行ったとのこと。
次六さんは、日用品を服にするにしても、チーズといってもアニメのキャラクターの擬人化したチーズみたいに四角くならず、着れるものとしてかわいい。そこがおもしろい、と指摘します。濱田さんは、やっぱり服は着てなんぼなので、コスプレや着ぐるみみたいにはならないように、いつも気を付けているそうです。手芸本も服も、最終的にはわかりやすいかたちで出すように心がけている。まず届けないと意味がない。入口はかわいいから買おう、でいい。それを考えているから、アウトプットはとんがりすぎないようになっているかもしれない、とのことでした。

石見展/KIITO展の特徴
石見の会場は四方が白い壁のいわゆるホワイトキューブ。KIITOは古い建物を活用した場所で、まったく性格の違う場所での展示となりました。しかもKIITOの中でも、最も展示室的な要素のない個性的なギャラリーBを選択しました。
濱田さんは最初の会場視察では、ギャラリーBが展示スペースかどうかも知らない状態で見学していますが、あの空間を見たときに、コンクリートの床の質感や、搬入口が近くて中でもない外でもないような空間、階段で高低差があるところ、美術館にはありえない自然光がバーンと入る窓など、構造のおもしろさを感じて、ぜひこの会場で、と思ったとのことです。
石見での展示は大きな家型のオブジェ、KIITOでの展示は脚立が空間の性格付けに大きな役割を果たしています。
ファッションの展示というと服はマネキンが着るのが主流ですが、本展ではまったく使っていないのも特徴的です。かたちの服を人が着たときにできるドレープやかたちのニュアンスを見せるには、マネキンが着るべき、とも考えられますが、服は人が着て一番おもしろいのに、グレードダウンした状態を見せることになってしまう。濱田さん曰く、けっこう葛藤があったようです。最終的には、そのものの状態で見せる+モデルが着用した写真をちゃんと見せる、という構成に。
石見展とKIITO展で異なる点が2つ。まずは、スライドショーを会場内に取り込みました。石見ではスライドショーを展示室外の壁に投影したので、会場に戻らないと照らし合わせができませんでした。また、アイデアの本当の原石のような、おもしろいと思ったことを書き留めているデザインノートを展示するコーナーを作りました。
作品はもちろん、展示の手法や内容も、会場に応じて突き詰めて考えて作られました。

作品作りのアイデアソースは?
濱田さんの魅力的な作品たちのアイデアソースはどこから生まれてくるのでしょうか。
濱田さんは、あまりロジックで考えず感覚で決めていくタイプとのことですが、心がけていることや考えていることとして、下記のことが挙がりました:
・ものを見てものをつくらない、服を見て服を作らない。ものを見るとどこかしらコピーの要素が入ってしまう。コレクション情報や流行をあえてシャットダウンしている。
・紙に描いてアイデアを出そうとしない。だいたいのキーワードやコンセプトを紙に描くことはあるが、紙に描くと、見たことがないもの、自分の頭のなかになかったものが作れないから。布を直接触って答えを見つけていくことが多い。
・蚤の市の古いものとか、その国で必要なものとして生まれてきた日用品、落ちてるゴミとかをノートに貼って貯めておいている。あとで見返してアイデアの元になったりする。
・違和感や隙間、余白を大切にする。服におかしなパーツがついていたら、ふだん話しかけられない人からも、それなに?って聞かれたりする。それって服以上のことになっていると思う。服が服以上にできることがおもしろいなと思っている。
・昔からの歴史の中で、いろいろな人の実験を経て、ファッションビジネスの仕組みやロジック、方法論が決まりきっているように感じる。服が普通でも、プロデュース次第で売れたりする。それよりはもう少し、もの自体がおもしろくて、そこに喜びを見出して買う、ようなことをしたいと思っている。

多岐にわたる活動を手がける理由
濱田さんは、THERIACA以外にも、手芸本の執筆、ワークショップ、展示、ブランドとコラボレーションしたグッズの制作、ほかのブランドのショーピースを作る手伝い、アーティストとの協働、舞台衣装など、多岐にわたる活動を行っていますが、ファッションビジネスではなく、服のおもしろさを伝える仕事がしたいという根本は一緒。その伝え方やメディアへの落とし方の違いだけ、と言います。
商品は、自分がおもしろいと思って作った服をそのまま着て感じてもらえるし、本は、服のサイズの面白さなどを、根本的な情報として伝えられる。ただ、商品や本は、どうしてもそぎ落として整理していかなければいけない部分があって、着地点はシンプルになっていても根本の発想は違うこともある。根本の状態を見せられるのが美術館での展示だったりするのです。

影響を受けた人物
次六さんから、影響を受けた人物は?という質問が投げかけられました。
ずっと服をやりたかったのですぐ専門学校に行きたかったが、親の要望もあって服に最も近そうな染織科に進んだ。すると、想像と違い、伝統工芸かファイバーアートをやることになる。評価は良かったがどこかハッピーではなかった。そういうときに交換留学したカナダの大学で行われていたのが、まさに、用途がある、使えるプロダクトとしての布のデザイン。プロダクトが見えてくるところまでができたのが、すごくおもしろかった。カナダの時の先生が、私が何をしたいかを引き出してくれて、今でもすごく感謝をしている。
また、好きだった服のブランドがことごとくベルリンのブランドだった。興味が湧いて行き、そこで働けることになった、どちらも小さい規模のブランドだが、BLESSとアンティアンの影響もかなりある。ブランドそのものというより、ブランドの姿勢のようなものが勉強になった。ベルリンのデザイナーは、何をやりたいかがまずあって、それを売るにはどうしたらいいかの順で考える、クリエイションベース。売れる服をまず作る、ではない。それが他の都市と違う理由だと思う。

なぜ原型から?
現在の興味を聞いたところでは、昔から民族衣装が好き、というお話をお聞きしました。
地域から生まれた手工芸みたいなことにも興味があるし、「かたちの服」の一番最初の出発点みたいなものも民族衣装だったとのこと。
服の歴史を見たとき、原型は全く最初のポイントではないのに、大学の服飾科ではまず原型を習う。服の最初は、やっぱり布からで、布幅を活かして、首を出す穴を開けるポンチョみたいなものからはじまるのに、なぜそこからやらないのか、今でもすごい疑問に思っている、とのこと。
旅に行っても服を見る。EU内の他の都市は似ていてるが、モロッコとか、山岳地帯に洞穴を掘って住んでいる人たちはまだ民族衣装を着ていて、客寄せのためでもなく、生活から生まれて、その地域に適した服が残っていて、それがすごくおもしろい。民族衣装のような服の起源には、すごくヒントがあると思っている。旅行先を考える時は、民族衣装が残っている国がよく候補にあがる。

この濱田さんのコメントに、次六さんは「すごく納得します」との反応。最初に濱田さんの服を見たとき、民族衣装を思い出したんだそうです。布を身につけていくという人の営みとその経緯があって、それらが濱田さんの服にすごくあらわれているんじゃないか、と。

廣田さんは、今回特に、濱田さんにお願いして良かったと思っている点は、服でできることの可能性を探っていて、服が人を動かすとか、次のアクションを促すとか、人と人をつなげたり、ということを重視していること。濱田さんの服はおおむね、肩の位置やウエストの太さが決まっていなくて、あらゆる人を包む。そこがすごく好き、と言います。

服ができること
THERIACAの由来にもつながるが、服にできることは何かを考えると、アウトドア用のような機能性に特化した服という方向もあるけれど、服を、薬のように、身につけることで気分を良い方向に変えられるものにできるんじゃないか、と思って、解毒剤の名前をつけた。また、今回のような美術展をすることで、服に対するものの考え方を変えられるんじゃないかと思っている。

美術館としてファッションを扱うのは、歴史も浅いし、ビジネスのものを持ってくるという点で賛否両論があるかもしれないけれど、服に対してこのような思いを込めて作っている方がいて、そのことを美術展で紹介していく意義は大きいのではないか、と次六さんと廣田さんは改めて話していました。

質疑応答も含めて2時間たっぷりお話をお聞きして、本展がまさに濱田さんと廣田さんの協働作業で作られていったことや、濱田さんのチャレンジを厭わない制作への姿勢などをよく知ることができました。

「THERIACAデザイナー濱田明日香のあたまのなか」(「THERIACA 服のかたち/体のかたち」展関連企画) 開催概要
「THERIACA 服のかたち/体のかたち」展 開催概要レポート
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