2017/1/18
イベントレポート
2016年12月16日(金)
未来のかけらラボvol.9 トークセッション「エリアリノベーションとは何かー「都市計画」でも「まちづくり」でもない新たなエリア形成の手法」を開催しました。
ゲストは、近著に『エリアリノベーション:変化の構造とローカライズ』がある馬場正尊(Open A代表/東北芸術工科大学教授/建築家)さんです。
馬場さんとモデレーターの芹沢高志(KIITOセンター長)は旧知の仲。馬場さんが『エリアリノベーション』で的確に抽出されていた現在の動向や、著作の中で示される「計画的都市から工作的都市へ」という新しい概念が、都市計画の考え方の変化ということだけに限らない、広範な分野にヒントが与えられるようなことではないか、との芹沢の思いから、今回お招きしました。
前半では、馬場さんが、何に影響を受け、わくわくしてきたか、時代の終わりや変化の兆しをどこで感じて、どんな行動をして来たか。その実践を通して、それらが「工作的都市」という概念として整理し、言語化したものにいかにつながっていたかのお話しを、豊富な事例やスライドを参照しながらお聞きしました。
後半は、二人の対話です。「計画的」→「工作的」につながる考え方として、生物に習い、プラグマティズム(実用主義)を肯定的にとらえるのが良いのではないか、という話題になりました。
例えばバクテリアは繊毛で食べ物の濃度を測り、濃くなれば直進し、変わらないか薄くなれば角度を変える。これを繰り返すと必ず食べ物に行きつく。方向の確認を一定時間ごとに行う。やばいと思ったら方向を変える。この方法が良いんじゃないか、最近アートプロジェクトという言葉もよく使われるが、プロジェクトという概念は、ミッションを掲げて、その実現のために、コンマ一秒前になにを実現させるべきか、未来のその1点から、ピラミッド式にタスクの三角形ができてしまう。そうすると、より良いところに向かおうと思っているのに、結局、その計画した未来にがんじがらめになって、タスクの山に囲まれ、今現在がいきいきしてこない。しかも計画者側になると、実現しなきゃならないから、実現の過程で起こる、環境からの自然な反応を邪魔者扱いして、何も起こらない世界を作ろうとしてしまう。アートプロジェクトやデザインといった「問題解決」するはずの「計画」に悶々としてしまう。そこで、アーティストという問題発見、あるいは問題を起こす存在と出会う。アートとデザインの、同じところに行こうとしているけれど逆のベクトルを持つものが相殺されない方法を考えていたが、馬場さんの言葉や視点が、そこを言い当ててくれた、と芹沢は言います。
馬場さんは、おそらく自分は、本とかウェブサイトをそのセンサーにしている、本を書き読まれた反応を感じて、次走る方向を考えていく、を繰り返している感じかもしれない、情報は発生するところにしか集まらないから、自分が発生する主体になって、その反射に乗って、自分を動かしていく、バクテリアの法則と概念的には近い感覚。いちばん必然的なところに自分がいられる感じ、と応答します。
分野が違うところで見えてきている「工作的」な変化の話にもなりました。たとえば出版の世界。
本を出すなんて、昔は相当資本がないとできなかったことだが、取次のシステムや資金集めの方法が多様化して、近代のシステムに頼らなくても、個人レベルで作って、小さな渦を生むことができるようになった。考えてみると、出版する本であっても、建築等専門分野のもので作られる初版の部数くらいだったら、流通システムをすっ飛ばして、欲しい人に直接渡していくことも非現実的ではない感覚になってきている。そう考えると、本の形や印刷の方法が、いっきに自由になる。
本でも、まちでも、エネルギーでも、同時多発的に、大きなシステムを介在しなくても、個人で出来るかもしれない可能性が広がっていて、小さいサイズでネットワークを組むことで、できる時代が来つつあるんじゃないか。大きな枠組みから飛び出る何かが垣間見える思いがする。『エリアリノベーション』で取材したエリアには、資本主義的な欲望の先にある風景ではない、何か新しい表現がある感じがした、と馬場さんは話されていました。
全体を通して、本の内容にはあまり触れず、雑誌『A』の編集、事務所「Open A」やR不動産の立ち上げ、書籍の執筆など、さまざまな仕事を振り返りながら、馬場さんが本というかたちで言語化するまでの思考や過程を聞き、この概念をもっと広くとらえて、今とこの先のことも含めて、自分たちの社会をどう捉えて行動するか、をともに考えるような時間になりました。
未来のかけらラボvol.9 トークセッション「エリアリノベーションとは何かー「都市計画」でも「まちづくり」でもない新たなエリア形成の手法」
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