2017/12/4
イベントレポート
10月23日(月)、大丸神戸店6階に10月にオープンした「M BASE」にて、日本酒学「蔵元が語る、日本酒造りと楽しみ方」を開催しました。日本酒の歴史や酒造りの工程、またそこに込められた想いを講師の方にお話しいただき、実際に参加者の皆さんも日本酒を試飲して味わいを楽しむ形式のワークショップです。
この日の講師は、泉酒造株式会社 杜氏の和氣卓司さんと、播州地酒ひの 店主の日野明さんのお二人。まずは灘が日本酒の産地と言われる所以からお話いただきました。
仙介の革新的な日本酒造り
今回の日本酒学は全2回。1回目は泉酒造の和氣さん、2回目は剣菱酒造の社長・白樫さんをお招きするラインナップですが、日野さん曰く「剣菱が伝統を守る蔵だとすれば、仙介(泉酒造)は灘の中でも革新的な酒造りをしているイメージ」とのこと。
泉酒造の酒造りの歴史は、江戸時代後期にまでさかのぼります。1756年、初代当主の仙介が酒造りを始めたのは、神戸北区の道場町。その後、3代目のときに灘に進出しますが、第二次世界大戦中、そして阪神淡路大震災の際に蔵は焼かれてしまいました。
和氣さんは、震災後約12年間休造していた泉酒造が再開した3年後に勤め始めます。「休造している12年の間に、吟醸酒が生まれるなど酒造りが劇的に変わっていたんです。僕が入った時はすごく時代遅れな酒を造っているなあと。そこで、今の灘にはない、灘の風土を生かした味を自分たちでつくっていこうという流れができたんです。」
灘の酒蔵が発達した4つの理由
1.米が播州の軟質米であることと、有名な山田錦という米の産地があるため。
2.川が急流で、山からすぐに水をひくことができ精米が発達しているため。
3.灘の酒が生まれた当時、酒の一番のマーケットである江戸まで船ですぐに運ぶことができたため。
4.宮水を使うことでしっかりと発酵させることができるため。
また、泉酒造は、地元の農家とタッグを組んでやっていきたいという想いからすべて兵庫県産米のみを使用しています。他県の米を使わなくても十分補えてしまう、非常に恵まれた環境です。
酒の種類とそのメカニズム
酒には、醸造酒と蒸留酒の2種類があり、日本酒、ビール、ワインは世界三大醸造酒と呼ばれています。焼酎やウイスキーは蒸留酒です。
まず、酵母菌が糖を食べることでアルコールが発生。そして、糖が無くなった酒を甘くしてくれるのが、副原料と言われる麹です。麹の酵素が蒸した米に作用して、甘い糖にしてくれるのです。酵母がそれを溜め、アルコールと炭酸ガスを発生するこの仕組みが日本酒のメカニズム。ちなみに、ワインのように原料(この場合ぶどう)自体が甘くその糖を酵母菌が食べる発酵は「単発酵」といいます。
一方ビールは麦芽糖を副原料とし、麦芽の中に入っている酵素によって麦芽糖ができます。
基本的に、酵母がアルコールを出し、酵母のエサを作るのが麹の役割というのはすべて共通で、日本酒を蒸留すれば米焼酎に、ビールを蒸留すればウイスキーに、ワインを蒸留すればブランデーになります。蒸留酒には必ず醸造段階があり、芋焼酎のように醸造段階で飲めないような香りのあるものは蒸留酒になります。
今回は、話を聞くだけではなく実際に「大吟醸」「純米大吟醸 生酒」「純米大吟醸 無ろ過生原酒」「特別純米 無ろ過生原酒」「山廃純米 泉チャレンジ」の5種類の日本酒を試飲しました。
①大吟醸
アルコール添加する必要がない酒で、あまりアルコールを薄めず飲みたいときにもおすすめです。
②純米大吟醸 生酒
今回はこの純米大吟醸のみがアルコール添加してあります。「純米酒は含み感が深いので、口に含む前に鼻に近づけると良いですよ」というアドバイスに、みなさん一斉にカップに鼻を近づけ、その後、口の中から鼻に抜ける含み感を楽しんでいる様子でした。
③純米大吟醸 無ろ過生原酒
②の生酒。ちょっとガス感を感じるのが特徴です。
酵母が糖を食べる時にアルコールと一緒に発生する炭酸ガスは、火を入れたりろ過すると抜けてしまうのでなかなか味わえません。泉酒造は、搾ったそのまま感を伝えるためにできるだけガスを残しているのです。
④特別純米 無ろ過生原酒
特別純米の「特別」とは、「精米を使うことで純度を高めてある」もしくは「すべて酒造好適米を使用しており原料米にこだわりがある」という意味です。好適米とは、普段私たちが食べているような乾米ではなく、酒税法で定められた酒のためだけに造られた米を指します。このあたりの知識があるとなかなかの通です。
⑤山廃純米 泉チャレンジ
純米酒。掛け米で、麹米は山田錦、蒸米は一般米のヒノヒカリを使用しています。
山廃とは
酒母(酵母を培養したもの)のつくり方の一種で、今回用意した①~④の日本酒は速醸という酒母の製法を用いていますが、山廃は酒母の作り方は異なります。速醸の場合は最初に乳酸を入れておくので10日~15日ほどで酒母ができますが、山廃や生酛(きもと)は乳酸がつくられる時間が必要となるため倍の30日もかかります。
酒母造りの工程では硝酸還元菌(しょうさんかんげんきん)という井戸水の中にいる微生物を使って硝酸をつくりますが、硝酸還元菌がいない水で酒を造ると失敗してしまうため、仕込み前に水を調べます。この硝酸の量が増えてくると腐造(仕込み後の酒質トラブル)しなくなるので、重要なポイントです。
ちなみに、山廃は米粒をつぶさずにそのまま徐々に温度を上げて仕込んでいきますが、この米をすり潰す工程を「山卸(やまおろし)」または「酛すり」といい、その作業が省略された、つまり「山卸が廃止された」手法ということで「山廃」酒造と呼ばれるのです。
また、泉酒造の山廃は、あまり深みとコクがなく他の酒造のものと比べるとサッパリした味が特徴。「色も酸味もあるきつい酒を作れと言われたのですが、そんなの作りたくない。泉酒造の仙介カラーを出したくて作りました。山廃らしくない、というよりも、こういう山廃もある、という捉え方をしてほしいです」と、和氣さんの想いが語られました。
日本酒を様々な側面から見てきましたが、狙う酒質によって酒母のつくり方は決まってきます。山廃はアミノ酸を多く含むため味にコクと深みがありますが、傷みやすく、また酸味が多いためしっかりと熟成させる必要があります。一方で速醸はスッキリとした味の少なさが特徴で、安定した作り方ができると言えます。しかし、必ずしも山廃のほうが手間がかかっているから美味しいということではありません。自分に合う日本酒を見つける際のひとつの知識として覚えておきましょう。
「今日これだけ全部飲まないと帰れませんからね」と冗談を交えつつ、あたたまってきた会場ではワークショップの締めくくりに参加者からいくつか質問が出ました。
Q.種類の色を比べたら、山廃がいちばん透明に近いので、普通のイメージと全然違ってびっくりしました。色のちがいで何か違うのでしょうか。
A.生酒はもちろん吟醸系は色を気にしていません。色が抜けているほど良い酒だと言われる時代もありましたが、今は色のついたグラスで飲んだりもするので色で判断しないのです。山廃は、常温で流通したり、透明ラベルだと酒に光が当たってさらに劣化速度が上がってしまうため、泉酒造では「お客様が美味しく飲める期間を長くしたい」という見解から炭素を使ってある程度劣化を遅くする処理をしています。
Q.燗酒に向いているお酒はありますか。
A.基本的に燗にして温度を上げると甘味が増すため、苦味があっても酸味があっても、飲みやすくなります。甘くしすぎて飲みにくくなることもありますが、それが好きという人もいます。
Q.一回同じ日本酒を飲み始めるとほかに浮気ができません。ラベルを見ても自分に合うお酒かどうかを判断するのは難しいため、どこを見て一番合うお酒を選んだらいいのでしょうか。その基準や秘訣のようなものはありますか。
A.これは酒屋さんにとっても難しいところです。実際、「〇〇が欲しい」というように日本酒の名前が分かれば酒屋さんも出してくれますが、好みまでは難しいです。酒屋さんに行って、何種類か試飲させてもらうのがいいかもしれませんね。
ワークショップを通して、参加者の皆さんはより日本酒に興味を持った様子でした。和氣さんは、「なぜ日本は外からの文化を取り入れてばかりなのか、もっと自国の文化を広めていったらいいのに」と、日本酒のさらなる可能性についても言及し、奥深い日本酒の世界を堪能することができました。