2019/7/6
イベントレポート
2019年6月30日(木)
「キイトナイト24 デザインレポート04:ミラノサローネ2019 -バイオ、AI、拡がるデザイン領域-」を開催しました。
今年で5回目の開催となる、国際家具見本市ミラノサローネの報告会。今年もデザインリサーチャーの久慈達也さんから、ミラノサローネの動向についてお話をいただきました。また、今年は若手デザイナーの登竜門と呼ばれるサローネサテリテで第1位を受賞したkuli-kuliの山内真一さんもゲストとしてお迎えをして、受賞された作品や出展の経緯についてお話いただきました。
今回もお話していただいた内容を久慈さんにレポートにまとめていただきました。
イベントに参加できなかった方もぜひ、ご覧ください。
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デザインレポート04:ミラノサローネ2019
◯ミラノサローネとは
ミラノサローネ国際家具見本市は毎年4月に行われる世界最大規模の家具見本市であり、通称「ミラノサローネ」と呼ばれる。1961年に始まり、今年で58回目の開催となるこのデザインフェアに、今年は181カ国から38万6235人が来場した。他のデザインフェアと比べても、主要な家具メーカーが新製品を発表する機会であること、そして、市内各所で数多くの展示が行われることにより、4月のミラノは特別な存在になっている。見本市本会場と市内の展示は総じて「ミラノデザインウィーク」と呼ばれ、企業理念を示すインスタレーションや実験的に作られた素材など、多様な「デザイン」と出会える場になっている。また、若手デザイナーや世界各地の芸術大学の参加機会も他のデザインフェアに比べて格段に多いのも特徴だ。なかでも、長らく若手デザイナーの登竜門となってきたのが35歳以下のデザイナーに限定された「サローネサテリテ」である。今年は「Food as a Design Object(デザインとしての食材)」がテーマに設定され、会期中に表彰されるサローネサテリテアワードで神戸のデザイナー山内真一が第1位を獲得した。地元の皮革加工技術を生かして、神戸牛の牛皮利用の可能性を広げた点が評価された。
RHO Fiera Milano |
サローネサテリテでの山内真一の展示 |
◯広がるデザイン領域
サローネサテリテのテーマが食材であったことにも表れているように、「デザイン」の概念がこれまでにない広がりをもって受け止められる中、ミラノ・デザイン・ウィークはもはや「家具とインテリアのための」と前置きすることが難しい。イタリア在住のビジネスプランナー安西洋之が「デザインの祭典がインテリアデザインの文脈から離れて独り歩きしはじめた」と指摘するように、ファッションブランドが競い合うようにインスタレーションを展開し、レクサスやBMW等の自動車メーカー、グーグルなどのテック企業も展示の常連となりつつある。(https://www.sankeibiz.jp/workstyle/news/190426/wsa1904260700002-n1.htm)
では現在、家具・インテリアの世界でいったいどのような事態が進行しているのか。AI、バイオテクノロジー、「地政学」をキーワードに、デザインの現状を探っていこう。
◯「デザイナー」としてのAI
創業70周年を迎えたカルテルが発表した《A.I.Chair》は、一見すると、アントニオ・ガウディのような有機的なデザインだ。だが、この椅子はAutodesk社のAIプログラムとフィリップ・スタルクの協働により生み出された世界初のAIをデザイナーとする椅子であるとされる。スタルク自身はチェスの世界王者カルリ・ガスパロフを引き合いに出しつつ、時代の変化を次のように印象付ける。「AIの思考から人間の痕跡を追い払うには何年もかかった。ようやく人間の論理的思考が、わずかに植物的な思考へ道を譲ったところで、まだ満足にはほど遠いものの、力強いスタートにはなっている。 (https://www.autodesk.co.jp/redshift/philippe-starck-designs/)」
素材の使用量を効率化するという条件下で自然物との類似が認められるのは、ヨリス・ラールマンの《Bone Chair》と同様の結果といえよう。公開されているレンダリング映像を確認すれば、今しばらくはデザインがデザイナーの手から離れることはないという気になるが、同時に、将来的には造形ではなくパラメータ操作や判断がデザイナーの主要な役割になるかもしれないと感じた。では、「デザイナー」としてのAIにはどこまでの造形が可能なのだろう。今年発表されたコンスタンティン・グルチッチ《FILA》のように、机の角をほんの少し面取りするかのような、極小の一手でデザインを完成まで導くことができるようになるのだろうか。
《A.I.Chair》Kartell |
《FILA》PLANK |
◯ハイテク化するインテリア
グーグルやソニーのようにセンシングやロボティクスの成果を生活の中で実用化させようとする試みも目を引いた。グーグルは、ジョン・ホプキンス大学Arts+Mindラボと共同で開発したリストバンドを装着する体験型の展示を用意した。趣向の違う3つの部屋に入った時の心拍数や呼吸、体温、伝導率といった反応を計測し、個人がそれぞれの部屋でどの程度快適に感じたのかを数値化するものだった。空間体験をバイオデータで可視化しようとするこの試みは、(それが人間の住環境選択にとって適切かどうかは別として)インテリアデザインがもつ経験則的な部分にメスを入れることにつながるだろう。レクサスやソニーの展示も、机や壁、あるいは生活を取り巻くプロダクトがロボットに置き換わった際の生活の姿を想像させたが、こうした取り組みはもはや大企業の特権とは限らない。コーヒーを飲むという体験をスマート化させながら生活との調和を図ったヴァイセンゼー美術大学の例もある。逆に、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)のマルタ・ステーンベルグのように、高度にブラックボックス化していく技術に対して、自らの手で修理可能な家電製品を取り戻す試みや、韓国科学技術院(KAIST)のようにデジタルファブリケーションの恩恵をハッキング的手法によって生活の向上へとつなげるアプローチもみられた。生活の中にハイテクをいかに取り込み、使いこなすかが表向きの可能性だとすれば、その背後には、人と製品の関係性を改めて問い直す態度も必要となるはずだ。家具や生活雑貨とロボットの境目が曖昧になるとき、我々の生活はどのように変わっていくのか。
Googleの展示で使用されたバンドKartell |
RhizomatiksによるLEXUSのインスタレーション |
weißensee《HIGHTECH X HIGHTOUCH: Coffee》 |
《FILA》PLANK |
◯バイオテクノロジーによるものづくり
トリエンナーレ・デザインミュージアムの企画展「Broken Nature:Design Takes on Human Survival」は、デザインウィークのためだけのプログラムではないが、変化するデザイン領域を最も可視化する展示であったことは間違いない。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のシニア・キュレーターであるパオラ・アントネッリにより企画された同展は、「人間と自然の関係性の再定義および更新」というテーマで、デザイン・アート・サイエンス・ゲームなど多岐にわたるプロジェクトを選出し、デザインの役割が「レストラティブ(restorative)」すなわち、関係の修復にあることを明示した。この最新のデザイン観を提示する場には、バイオテクノロジー(生物工学)や生体工学が鍵となるものも含まれていた。その一例である《Algae Geographies》は、微細藻類とバイオポリマーでできた3Dプリンティングオブジェクトだが、土地の固有資源である藻類を活用することで、生産地の分散(ローカルファブリケーション)と循環生産の新しいモデルを提案している。こうした生体工学的なデザインプロジェクトは、同時期にポンピドゥーセンターで開催された企画展「La Fabrique du Vivant(英題:Designing The Living)」において包括的な紹介がなされるだけの成果がすでにある。セントラル・セントマーチンズの修士過程Material Futuresは早くから芸術大学の中でこの種の新素材開発に取り組んできた大学であるが、今年はゲント大学の微生物学者との共同研究によりプロバイオティクス細菌を衣服の繊維に織り込む研究を紹介していた。蚕を生体プリンターとして用いたMIT Media Labに代表されるように、現在、デザイン研究は芸術大学でのみ行われているものではなく、技術系・工学系の大学で行われるものになりつつある。
Broken Nature展会場風景 |
Atelier LUMA《Algae Geographies》 |
◯「地政学」とデザイン
Broken Nature展がデザインにおける持続可能性や環境破壊への解決手段としての側面を強調したものであったとすれば、オランダのデザイン・アカデミー・アイントホーヘン(DAE)は、デジタル化する世界を前に「GEO-DESIGN」というデザインの新しいフィールドを顕在化させた。彼らの展示「GEO-DESIGN:ALIBABA」の問題意識は広範だ。アリババグループは、世界中の都市、港、工場を結ぶ広大な物流ネットワークを基礎として、インターネットプラットフォーム、チャットシステム、デジタルウォレット、ソーシャルネットワーク、クラウドコンピューティングサービスを包摂し、私たちが認めるか否かに関わらず、デザインプロセスのあらゆる段階において強力な影響力を有する存在であると位置付けられる。この世界的なインフラ変動に正面から向き合い、(用語が適切かどうかには議論の余地があるとして)「地政学」をデザインの研究対象とした意味は大きい。会場では、中国のソーシャルメディアを支配するライブストリーミングの非対称性についての考察や、(SNS税の導入で注目された)ウガンダの露天商がオンライン決済によって新しいビジネスモデルを構築するための実験的なプロジェクト等、複雑に絡み合いながら地球規模で展開される「新たな商空間」の影響を多方面に考察しようとしていることが読み取れた。なお、GEO-DESIGNは2020年9月に2年間の修士課程コースとなることが決まっている。
Design Academy Eindhoven《GEO-DESIGN:ALIBABA》 |
Leif Czakai&Timm Domke《E-Hustling East Africa: Online with Alibabara》 |
◯デザインの役割を再検討する時代
Broken Nature展やGEO-DESIGN、あるいはAIとデザインの結びつきによって、より鮮明になったのは、産業構造の変化と技術革新、あるいは20世紀を通じて蓄積した様々な問題を前に、デザインとデザイナーの役割を再検討する必要があるということだ。現在起こっているデザイン領域の「拡張」という事態を、より正確に表現するなら、デザイン領域は「広がっている」のではなく、「組み直し」の途上にあるということだろう。今年のミラノデザインウィークはじめ、今私たちが目にしているのは、後代のデザイン史家からみると、産業革命以降のデザイン観の更新過程で生じた必然の変化と捉えられる事態なのかもしれない。(文責:久慈達也)
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