2016/3/8
イベントレポート
2016年2月22日(月)
2016年度、KIITOとAnyTokyoが「innovation」をキーワードに共同でスタートする新しいラボ形式のプログラム「+クリエイティブ・ラボ」。初年度に取り組む最初のテーマは「新しいパンをつくる」です。この新たなプログラムのキックオフとして、さまざまな分野で活動するパートナーとともに、トークセッション「新しいパンのはなし」を3回シリーズで開催します。第1回となる今回は、バイオアーティスト・福原志保さん、神戸のパン屋サ・マーシュのオーナーの西川功晃さんをお招きし、デザイン・クリエイティブセンター神戸の副センター長の永田をモデレーターに、このイノベーティブなプロジェクトについて、トークを展開しました。
はじめに、サ・マーシュオーナーの西川さんにお持ちいただいた、低糖質のパンを参加者全員で食べました。このパンは、小麦粉の代わりに大豆を使用して作ったもの。「パン=小麦粉からつくられる」という概念をくつがえすようなパンが、既に存在しているということに、会場からは驚きの声が上がっていました。
パンのプロである西川さんと、バイオアーティストの福原さんという全く違った背景を持つお二人が、本当に今までにない、想像もつかない「新しいパン」とはどんなものか、参加者のみなさんと共に、ひもといていきました。
まずは、バイオアーティストとして、科学とアートとデザインの領域を超え、テクノロジーや独占市場を人々に開いていくことをミッションとした活動を展開している福原さんに、ご自身の活動についてお話しいただきました。
【福原さんの活動まとめ】
□「PROJECT JAQUARD」
Google の先進技術プロジェクト部門であるATAP( Advanced Technology and Projects)が進めている、伝導性繊維を生産する方法を研究・開発するプロジェクト。
イギリスのサヴィル・ロウの名門紳士服店で、タッチセンサーが内蔵されたジャケットを制作し、電話をかけることにも成功した。現在はプロジェクト・パートナーとしてリーバイスとタッグを組み、その伝統的な機械織りの技法を生かしながら、新しい素材を生み出すための研究を進めている。
PROJECT JAQUARD
□「Ghost in the Cell(細胞の中の幽霊)」
生命は機械のようにオン・オフすることは出来ず、生と死の境界線はグラデーションになっている。この境界に位置する「may be」の状況は、「Ghost(幽霊)」と言えるのではないかと考えた。そして、日本を代表する人気キャラクターである「初音ミク」がこの状況にあるのではないかと仮定した。声や体、またファンにとっては心も存在するが、細胞と心臓は存在しない。この状況に、細胞と心臓を与えることで、彼女の「生きている状況」を作り出した。iPS細胞で神経細胞(心臓)をつくり、そこに初音ミクの外見に近い遺伝子データを混ぜ、バイオロジカルな初音ミクを生み出した。
金沢21世紀美術館「Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊」
□「Common Flowers」
バラやカーネーションには、もともと青い色を出す遺伝子は存在しないが、遺伝子組み換えによって、企業がそれをつくることに成功した。この花は海外で栽培され、日本では切花として販売されている。福原さんは、ベビーフードのプラスチックケースや、寒天、スティックシュガーなどの身の回りの日用品で、その遺伝子操作をした花を自宅のキッチンで培養することに成功した。現在は、遺伝子組み換えのされた青いカーネーションを、元の姿の白いカーネーションに戻す研究を行っている。
□「BIOPRESENCE」
故人の遺伝子を木の中に移植し、生きた墓標にするプロジェクト。木に人の遺伝子を移植することによって、その人の生きていた時の記憶やストーリーが、その木を取り巻く残された人々によって、何十年も先の後世まで紡がれていくことを目指している。テクノロジーを見えなくすることによって、そこにある何かを改めて考えて欲しい。このプロジェクトによって、これまでのお墓の風景が変わるかもしれない。
福原さんから、新しいパンは記憶から生まれるのではないかと参加者のみなさんへ投げかけがありました。約8000年前のエジプトの壁画に、パンを作っている様子が描かれていたことや、約3300年前の、人の指紋がついたパンも発見されているというエピソードをご紹介いただきました。
古代のパンの素材であった、当時の小麦をバイオテクノロジーによって再現したときに、そこから作られるパンは古いものなのか、新しいものなのか?また、その古い小麦を使って、今の技術でパンは作れるものなのか、研究をしてみたいとのことでした。
【福原さん×西川さんトーク】
西川さんに今回お持ちいただいた低糖質のパンは、素材に大豆を使っています。これは、日本人らしいパンのタネとして、植物由来のものから作りたいという考えから生まれたものなのだそう。西川さんは、これは「次のパン」だとは言えるが、今回のプロジェクトにおける「新しいパン」ではない、と言われていました。もっと神秘的で、想像もつかないようなものを作ってみたい。しかし、世界中の人にこれはパンじゃないと否定されるものでは無く、世界のどこかの誰かがそれをパンだと言えるようなものを考えたいとのことでした。
新しいパンについての話を進めていくなかで、パンづくりとバイオテクノロジーの共通点も見えてきました。
西川さんは、25年前につくったパンのタネを、今も使い続けています。タネを生み出した当時、西川さんはそのタネを他のパン職人たちと共有したそうです。今後もタネとして残っていくが、それぞれの手に渡り、微妙な変化をしていくのだろうとのことでした。もしかすると、既に25年をかけてまったく違うものに変わっているのかもしれないともお話しされていました。
福原さんは、このパンのタネを生命に例えられました。一卵性の双子は、同じ遺伝子を持って生まれますが、それぞれに変化して当然同じ人間ではないように、バランスを取りながら常に変化し続ける生命と、通じるものがあるのではないかとのことでした。手法や環境によって、完成するものが変わっていくことに、お二人とも関心を抱かれているようでした。
最後に、永田から西川さんに、パンの定義とは?という質問が投げかけられました。
これまで、パンではないと言われていたものが長い時間たって認められることは多くあり、西川さんにとって、パンとはこうでなくてはならないという定義は無いのだそうです。ただ、これからさらに科学技術が発達し、遠い未来の人間が自分自身でする活動が少なくなった時に、食べるということですらしなくなる時が来て、パンの定義どころか、必要ではないものになるのではないかと懸念されていました。
福原さんは、英語で「bread and water(パンと水)」という言葉が、人間の生活にとっての一番大事な要素を意味するように、主食という感覚がこれからも続き、パンが必ず食べるもの、無くてはならない存在であってほしいとお話をいただきました。
今回のキックオフトークセッションは、全3回で「新しいパン」とはこれだ!という答えを見つけるものではありません。異なる分野のクリエイターやパン職人、参加者のみなさんと一緒になって、どのようなパンを生み出すか、一緒に考え、研究していく機会になればと思います。第1回目となった今回のトークセッションでも、すぐに解決することのできないモヤモヤした感覚や、発想のアイデアとなるような刺激を受け、参加者の方それぞれに「新しいパン」にまつわる宿題ができたのではないかと思います。次回以降も、その答えをみんなで探しながら、次年度のプロジェクトに繋げていければと思います。
+クリエイティブ・ラボ キックオフ連続トークセッション 「新しいパンのはなし」
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