2020/6/15
イベントレポート
6月9日(火)より、「+クリエイティブゼミvol.34リサーチャー養成編「リサーチ・リテラシーを学ぶ」 例題2:「With/Postコロナ社会のライフスタイルを考える」」が始まりました。リサーチャーゼミは昨年に続き、2回目の開講となります。昨年は図書館のこれからの在り方について考える内容でしたが、今年は「With/Postコロナ社会のライフスタイルを考える」をテーマに、文化人類学のリサーチについての知識や手法を学びながら、これからのライフスタイルを探っていくことが目的です。KIITOでは初めてのオンラインでの催しとなります。
今年も昨年に続き、文化人類学を専門とする山崎吾郎さん(大阪大学COデザインセンター准教授)を講師に招き、第1回目では、文化人類学という学問について理解を深めながら、文化人類学の特徴であるフィールドワークや調査の手法について、レクチャーを受けました。
「文化人類学」はどんなことをやっているのか
「文化」と「人類」と名前がついていることからわかるように、それらが文化人類学の対象になります。「人類=人間」についての学問であるわけですが、生物学的に「人間」を対象とするわけではなく、社会や集団、地域の中で生活をしている存在としての「人間」が対象になります。その「人間」に焦点を当てて、どんな生活をしているか、どんな習慣、倫理感を持っているか、そこでの政治の体制や意識はどんなものか、何が信仰されているかなど、「文化」を調べていくわけです。これらを調べていくためには、実際に「人間」が生活している場所へ行って調べる「フィールドワーク」が重要になります。それ以前の学問の多くが、文献を調査し、研究室の空間の中で本論文を書くというものだったのに対して、文化人類学の登場とともに「フィールドワーク」という方法が台頭してきました。
この「文化人類学」が登場した背景として、19世紀以降、行ったことも見たこともない広大な世界の存在が意識され、注目されるようになったということがあります。ヨーロッパの影響力が急速に拡大する中で、ヨーロッパの中で当たり前と思っていたことが通用しない世界と、方々で遭遇することになります。家族の形や日常の感覚、婚姻の制度、信仰の差異など、ヨーロッパとは異なる「文化」を実際に目の当たりにしました。こうして、どんな生活をしていて、何が重要とされているか、行動する際の原理などを、現地で参与しながら観察し、社会が成り立っている様子を記述し、組織や行動が形成される理由を明らかにする「文化人類学」が成立します。
「フィールド」はあちこちにある
生活について記述し、考察し、民族誌(エスノグラフィー)をあらわす「文化人類学」では、さまざまなことがらがその対象になり、また色々なところでフィールドワークができます。精神病院と地域社会との関係ついてのモノグラフ(『プシコ ナウティカ─イタリア精神医療の人類学』)や、鳥インフルエンザやSARSが流行の渦中にある現地の状況を対象に、鳥小屋の飼育の状況や、病気の流行による「緊急事態」を通じて社会がどう変化したかを記述した著作(『流感世界: パンデミックは神話か?』)や、マツタケのマーケットを対象に、誰がどうやって採取をしているのか、市場へ出ていく際に、どうやって価値づけが行われるかを明らかにした著作(『マツタケ─不確定な時代を生きる術』)もあります。もしかしたら、新型コロナウイルスの流行についての民族誌が近いうちに著されるかもしれません。無数のフィールドワークが行われています。
新型コロナウイルスの流行と文化人類学
新型コロナウイルスの流行は文化人類学にも大きな影響を与えています。移動が制限される中で、海外渡航が制限されたり、調査地に入れなかったりして、そもそも調査ができなくなっています。文化人類学をすることじたいが困難になっていると言えるかもしれません。リサーチの方法に大きな影響が出たり、変化が起こったりすることも考えられます。すでに、文化人類学的な観点から、現地がどうなっているか、日常で何が起こっているかをWEB上で情報発信するといった動きも見られます(「Corona Chronicles: Voices from the Field(コロナ・クロニクル─現場の声)」、「Somatosphere」)。外出規制がなされる生活環境のなかで、フィールドワークの意義や方法が改めて問い直されているといえるのかもしれません。
新型コロナウイルスの流行は世界共通の出来事であるわけですが、実際の体験や感じ方は場所や人によっても異なります。実際に体験をした本人にしか見えない世界や、家庭や職場といったその人が深く関わる生活の目線から際立ってみえる世界の見え方があるでしょうし、それゆえに、その人にしかできないリサーチというものもあります。このことは、今回のゼミの共同作業をする時のキーポイントになるかもしれません。
調査では何が重要なのか
むろん文化人類学では現場を歩いて見聞きすることが重要ですが、文献に書いてあることを調べることも同時に必要になります。さらに複数の場所へ行って観察し、そうした検証や照合を綿密に行っていく事で、テーマを掘り下げ、明確にしていきます。今は外には出られないことも多いので、文献にあたるか日常生活の範囲内で何かを探し出してみることになります。今回の新型コロナウイルスの流行では、多くの情報が流れ、インフォデミックという言葉も使われたほどでした。そうした情報の大きな潮流に流されず、整理して形にしてみることも、今回は重要になります。
昨年は図書館を対象としましたが、状況は大きく変わりました。昨年の発表では、図書館をコミュニケーションや交流の場としてとらえることが前提になっていましたが、コロナ禍では真っ先に図書館は閉鎖され、現在も利用の制限があり、場としての機能は制限されています。これまでのコミュニケーション、交流の場という前提への反省も見られます。このように、何が起こっているかは比較的見えやすいものですが、そうした情報や変化をどう位置づけ、解釈できるかを、調査を通じて、何らかの正当性を持ったやり方で提示することが重要になります。その上で、この先どうなるか、どうなってほしいか、といった推測や提案が、ようやく説得力を持つことになります。そこでは、手続き、手順に則って、起こっていることや事実、願望や判断といった要素を、しっかり峻別しておかなければなりません。むろん、生活のレベルの話、なじみのあること、それについて、こう思うという疑問からスタートしてもかまいませんが、それらがどうして、何らかの位置づけができるのか、解釈を施したうえで、説明ができなければならないわけです。
どうやって調査し、記述し、説明していくか。
最初に行うのは観察、収集し、記録、記述することです。ノートと鉛筆さえあれば文化人類学ができる、とさえ言われることもあります。その際には単純に読めるもの聞けるものを記述するだけでなく、起こっていることや現れたものを「テクスト」として「読む」ことになります。また、そうした記述は、再度読み返したり確認したり、共有したり、元のデータにさかのぼったりすることを前提に、簡潔に書き、かつ出典や採取の条件を付記しなければなりませんし、整理整頓や他の事例との関連づけ、関心のあるポイントを明確にできるように、タグ付けやキーワードを抽出しておくことも必要です。この続きによって、採集されたデータをめぐる見取り図や図式を得ることができますし、テーマを明確にし、さらに他のテーマとの関りの有無を把握することにもつながります。
このように、観察、発想、考察、課題の重要性の判断という手順を踏まえることで、研究計画を確立し、さらに観察をつづけ、問いと絶えず照らし合わせながら、自分が提起する問題の重要性を、正当性を持って説明できるようにしていくプロセスで、文化人類学の調査、研究は実践されるわけです。
こうしたプロセスを今回のゼミですべて辿っていくことはむずかしいですが、まずデータの信憑性や真正性、一般化、他に適用できるかどうか、ある論を示すにあたって分析や記述が十分なされているかどうかなど、良いリサーチする基本的な方法を、ゼミを通じて身につけ、これからの社会の先行きを探っていく事になります。
これらの文化人類学と調査についての基礎的な情報が示されたあとで、参加者のみなさんから、関心があることを、チャットに書き込んでいただきました。次回からは、この関心に沿ってグループ分けを行い、グループワークを通じて、これからの社会についての見通しを、説得力を持って示すことをめざします。
「+クリエイティブゼミvol.34リサーチャー養成編「リサーチ・リテラシーを学ぶ」 例題2:「With/Postコロナ社会のライフスタイルを考える」」についてはこちら。
2019年度に開催した「+クリエイティブゼミvol.30 リサーチャー育成編「リサーチ・リテラシーを学ぶ」 例題1:「図書館の未来を考える」」についてはこちら。