2021/12/1
イベントレポート
2022年の夏、デザイン・クリエイティブセンター神戸の2階に、神戸市立三宮図書館が5年間の予定で仮移転します。これをきっかけにして、三宮図書館、KIITOが連携し、双方の特徴を活かしながら、それぞれの事業を発展させようという取り組みが始まっています。図書館と言えば、本を借り、読むことのできる場というイメージがありますが、そこにとどまらない、新たな役割や機能をもった図書館も登場しています。三宮図書館とKIITOとの連携でも、新しい図書館像を作り出すことができないか、その手がかりを得るべく、トークシリーズ「Assemble─変容する「場」の可能性を考えるトークセッション」を開催していくこととなりました。第1回目では、「豊かな出会いを生む、図書館のかたち」をテーマに、幅允孝さん(有限会社BACH代表、ブックディレクター)、淺野隆夫さん(札幌市中央図書館利用サービス課長)をお招きして、お話を伺いました。
本をどう差し出し、手に取ってもらうか 幅允孝さん(有限会社BACH代表、ブックディレクター)
幅さんは有限会社BACHの代表として、公共図書館や企業図書館、病院図書館など、さまざまな場所の図書館作りを手がけられてきました。最近では、大阪の「こども本の森 中之島」全体のクリエイティブディレクションを手がけられています。選書を主な仕事とされるとともに、どう差し出すか、届けるかを意識しているといいます。
最近、幅さんが選書を手掛けられた「こども本の森 中之島」は、建築家の安藤忠雄さんが、本から自力で学んできた経験から、子どもたちが本を手に取り、自発的に学ぶ場を作ろうと、ご自身で寄付を集めて、自治体に寄贈するというプロジェクトです。大阪府の中之島、岩手県の遠野に続き、2022年の3月に、神戸の三宮に「こども本の森 神戸」の開館が予定されています。「こども本の森 中之島」では、BACHが指定管理者の一員として加わり、コンテンツを作る側として、差し出し方を大事にしたサービス作りを手掛けられました。「こども本の森 中之島」は愛媛の司馬遼太郎記念館に似た設計で、天井まで届く本棚が象徴的な空間です。幅さん自身、飾り物ではなく、読まれなくてはいけないということから、コンテンツ作りに悩まれたそうですが、本に囲まれるという狙いを重視して、手の届きづらい高い位置にある本は2冊準備し、複本を下に配架し、手に取れるようにするという仕組みを採用しました。収められている18500冊のうち14500冊を選書したとのことです。かつては、蔵書は多いほうが良いとされてきましたが、デジタル上のライブラリーには数ではかなわないのが現状です。たくさんではなく、1冊が届く、読み手自身にも刺さる、そうした促しも含めて、設計をしているとのことでした。
また、日々、本を手に取ってもらうことの難しさを感じられているそうで、そのための工夫も沢山手掛けられてきました。アフォリズムを言葉の彫刻のように棚に掲示し、本の一節から、その世界を知ってもらい、手に取ってもらうきっかけを作る。円筒の空間では映像インスタレーション「本のかけら」を展示し、観る者に見上げる、触れるなどの行為を誘発することで物語への興味を引き出す仕組みになっており、子どもたちにも響いているようです。
近年、幅さんは、城崎温泉の本に関連するプロジェクト「本と温泉」にも携わっています。志賀直哉の城崎来訪100年を記念して、新たな温泉の文学をということで始まったこのプロジェクトでも、本と人、地域を近づけるという試みが行われています。その1つが、万城目学さんや湊かなえさんなど、現在の作家さんに城崎を舞台に本を執筆していただき、城崎でしか購入できない本をつくるというものです。また、1917年の『城の崎にて』に注釈を加えた『注釈・城の崎にて』を刊行し、さらに深く読む手法も提案し、売り上げも好調とのことです。この売り上げをもとに、城崎文芸館のリニューアルが行われ、企画展も行われるようになり、街により文学が広がるきっかけとなりました。幅さんが続けられてきた、差し出し方を工夫する、刺さるものを作る、チャンネルをそこかしこに作るという試みが、文学と本を通じて、温泉町に新たな豊かさをもたらしているようです。
働くを楽にする、問いを見つけ、自らで学び、解決を後押しする 淺野隆夫さん(札幌市中央図書館利用サービス課長)
札幌市役所でITやまちづくり関係の部署で働いていた淺野さんは、2010年に思いがけず、図書館でのキャリアがスタートしました。2014年には札幌市電子図書館を立ち上げ、2018年にはコンセプト作りから携わった札幌市図書・情報館の初代の館長となり、そして現在は中央図書館も併せて所管するとともに、総務省のアドバイザーとして新しい三宮図書館の計画にも関わっていらっしゃいます。札幌市図書・情報館は、劇場、アートセンターとの複合メリットを生かした運営スタイルの施設です。カフェやイベントスペースとの間に壁がなくシームレスに利用ができるほか、ガラス越しにひとが本に囲まれて楽しんでいる様子が見えるなど空間上の演出もこだわっています。
貸出しをしないことで、読まれる空間として定着した図書・情報館。司書の方たちは、これを知れば楽になるのではないか、どんな人がこの棚の前に立つのかなど、人に寄り添い、その思いを棚に込めることを意識しているとのことです。利用者像を明確にすることで、思いが行き届いた良質なサービスの提供につながりました。「ないことから始まるブランディング」が功を奏し、このようなサービスが好評を博して、年間100万人という予想以上の来館者に恵まれ、多くの人々に本を読む機会を提供することになりました。また、ライブラリーオブザイヤー2019の大賞とオーディエンス賞も受賞されたほか、周囲の書店にも好影響が及んだと言います。図書・情報館では、ひとりひとりの司書が、棚の上から下までを花壇のように丁寧に作り、棚の前に立つ人の思いに応える棚づくりを行っています。考えるきっかけを提供する特集の「ハコニワ」、全員の司書が棚をひとつ持ち、定期的に書籍を紹介する「知のかけら」など、司書の顔が見えることが重要だとのことです。また、棚づくりにはいろんな方が参加されています。たとえば、IT技術者に来てもらい、その人たちだからこそわかる選書や並べ方を聞きながら、一緒に棚を作ったり、病院の方、LGBTQ関連の方とも、棚についてのディスカッションをされたそうです。図書館外の方々の知識も得て、棚がより「はたらくをらくにする」に近づいて行く様子が感じられました。
三宮図書館、KIITOへ向けて
トークの最後には、ゲストのお二人から連携事業の今後の展望について、お話しを伺いました。
おふたりのお話を通じて見えてきたのは、本や図書館、書店を取り巻く状況が大きく変化する中で、それらの役割を再評価、再確認しつつ、可能性を作り出していくという試みの過程でした。単純に「規模」のみに依拠した本の見せ方、棚づくり、ラインナップの提案の仕方には、クラウド化した書店や図書館と対峙する状況下で人の行き来や、本が手に取ることで生み出されてきた蓄積がやせ細り、場所や空間の魅力が失われるという形で、限界が見られるようになっています。
その一方で、人と人との関係性、交流の場所、空間を作り出す本の役割を積極的に引き出す試みや、本から人に近づいていくことでその役割を強化する試みによって、図書館や書店の新たな可能性が生み出されています。小規模であることが利点になり、書店員や司書から積極的に本を提示する機会が増加すると同時に、オープンかつ読み手に即した内容やラインナップを提案できるかどうかが問われるようにもなっています。また、小規模を活かした多チャンネル化を支える基盤、多様な提案を包括できるアリーナとしての中央図書館の存在と、各地域や機能ごと役割分担も重要になります。
これから図書館や本について新しく何かをしようとする時も、どのアリーナで、誰に向けて、どんな内容を提示し、その場や空間がどういった役割を果たすのか、明確にすることが必要なようです。「Assemble─変容する「場」の可能性を考えるトークセッション」では、今後も継続して、三宮図書館とKIITOとの連携事業や、新しい図書館の役割について考え、議論していく場を設けていく予定です。
「Assemble─変容する「場」の可能性を考えるトークセッション 第1回「豊かな出会いを生む、図書館のかたち」」の概要については、こちらをご覧ください。