2019/11/4
イベントレポート
10月19日(土)、LIFE IS CREATIVE展 2019の関連イベントとして、〈高齢化が進む台湾の先進事例から学ぶ、連続トークセッション〉②「高齢者と取り組む新しいファッションデザイン」を開催しました。年齢にかかわらず楽しむことができ、そして日々の暮らしを豊かにするファッション。そんなテーマについて意見を交わすのは、台湾で「5%デザインアクション」のブランドディレクターを務める呂承慧さん、そして、神戸芸術工科大学ファッションデザイン学科教授であり、KIITOで主にシニア世代の女性を対象として開催する「大人の洋裁教室」の講師・見寺貞子さんです。
New Age Designer ―台湾における事例
まず、呂承慧さんから「New Age Designer」の活動についてご紹介いただきました。
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さまざまな背景を持っていたとしても、人々はみな、社会課題と向き合い、ひとりひとりがデザイナーになれる資格があります。そして、ともに行動を起こしていくことが大切です。
私が所属する「5%デザインアクション」は、「自分の時間のうち5%を使って、世の中を変えていってほしい」というコンセプトを軸にした企業です。多くのテーマを取扱う中でデザインの研究もおこなっており、美的に優れたデザインだけではなく、社会課題を解決するデザインを目指しています。また、5%デザインアクションが世の中に影響力を及ぼす存在になればと考えています。
現在、私たちのプラットフォームには8000人以上のボランティアやデザイナーがおり、160以上の国と協力してきました。上海や北京、そして今回の神戸もそうです。取り扱うテーマを大まかに分類すると、「経済」「教育」「健康」「環境」など。そして、そのほかにも新しい提案や、キャリアの再設計をおこなっています。最近はがんを始めとする医療関連や高齢社会の問題にも取り組んでいます。私たちが取り組むプロジェクトには、薬物医療以外の方法で人々を癒すプロジェクトや、要介護者および介護しているご家族も一緒に旅行に出かけるというサポートプログラム、そしてこれから紹介する「New Age Designer」があります。
「New Age Designer」は22~39歳の16人のメンバーで構成されており、2つのチームに分かれて企画や広報など役割を分担しています。私はブランドのマネージメントと製品や展覧会の企画を担当しています。自分の両親を含む、社会における高齢化の現状をただ観察するだけではなく、自分が高齢者になったときのことを想定するなど、“自分ごと”に置き換えて、理想的な老後の生活を考えながらこの活動に取り組んでいます。ゆえに、若い世代なりにも、現実的な解決策を高齢者に向けて提案することができるのです。
昨年始まったこのプロジェクトの特徴は、実際のユーザーである高齢者にもデザイン段階から関わってもらうという点です。計画当初は、高齢者が何に悩み、何を考えているのかがわからなかったので、インタビューをするところから始まりました。そういった調査結果を元に、高齢社会をレジャーやおしゃれ、飲食についてなど9つのカテゴリに分けて捉えています。その中でも「おしゃれ」つまり衣服というテーマを皮切りにスタートした「New Age Designer」ですが、今後は食関連、ゆくゆくは新しい分野のデザインにも力を入れていきたいと考えています。
若者の参画、そして若者と交流することにより高齢者が年齢という壁を打ち破るという2つが主な目的で、若者と高齢者が対等な立場で話し合い、これまでに触れてこなかった専門スキルを身につけてほしいと思っています。やはり最初は年齢の差を気にする雰囲気があるのですが、交流を深めて打ち解けていくうちに、多世代混合のチーム内でそれぞれの役割を把握できるようになるのです。私たちは「人を大切にする」という理念のもと、ユーザーの立場に立って、若者と高齢者がともに考え、実行に移していける仕組みを実践しています。
ワークショッププロセスをご紹介しましょう。まずは、1か月ほど前からリサーチや高齢者との面談等で準備を進めます。ファッション分野の専門家を含む30名の協力者とともに、高齢者が何を求めているのかを探り出し、「仕事」「運動」「社交」「ボランティア」「旅行」などテーマを設定します。定年退職前後の同世代が集まるグループ内での意見交換を参考にしたり、基金会からもご協力いただきました。また、グループで活動する際のコミュニケーション力や積極性が鍵になってくるため、面談ではその点も細かく観察するようにしています。
例えば、「ボランティア」というテーマで服を制作する場合、実際にボランティア活動をしている方の活動への参加動機や、参加前と参加語で変わった意識等をヒアリングして情報を集め、架空の人物像を作り上げます。それをもとにデザインについて話し合っていくのです。途中、実際に市場調査としてショップ等に出向き、外部の意見を聞くこともあります。
また、服を完成させたら終わり、ではありません。きちんとファッションとしてモデルに着用してもらい、カメラマンに写真をとってもらうまでがプロセスとなります。屏東(ピンドン)でおこなわれた台湾デザインEXPOでは、製作途中に専門家からいただいたアドバイスを取り入れた展覧会をおこない、最後は専門家とプロジェクトメンバーが一体となって楽しくファッションショーで発表することができました。
雑誌等のメディアに展覧会での成果がレビューとして掲載されることで、より活動の幅が広がっています。
こういった取り組みは、私たちが高齢社会を捉えるための9つのカテゴリをまんべんなく、これからも継続的におこないたいと考えています。データベースを元にして、これからも幅広い活動を行っていけるはずです。
私たちが起こしたひとつのアクションから、これから大きな変化をもたらしていければと思います。
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大人の洋裁教室 ―日本における事例
続いて、見寺さんからは「大人の洋裁教室」プログラムとそれに紐付くご自身の活動についてお話ししていただきました。
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いま神戸では「ユニバーサルファッション」という言葉が注目されています。年齢・性別・国籍・障がいの有無にかかわらず、より多くの人が快適な衣生活が実現できる環境をつくるという、この考え方に私が興味を持ったきっかけは、1995年に起こった阪神淡路大震災です。亡くなった6402名のうちの約半数が高齢者だったという記録が残っています。当時、私たちが身にまとう洋服といえば、装飾性にばかり意識が向いて「人間の身体を守る」という本来の意味がなされていないものばかり。「次に災害が起こったとき、ファッションにできることはなんだろうか?」と考えるようになったそのときから、ユニバーサルファッションは私のテーマになりました。そして、この頃から世界的な高齢化が始まります。
アメリカ、ノース・カロライナ州立大学建築学科のロナウド・メース氏は「すべての人が使いやすいデザインは障害がある人にとっても使いやすい」と言い、公平性・自由さ・単純性・わかりすさ・安全性・身体への負担の少なさ・スペースの確保といったキーワードが盛り込まれた「ユニバーサルデザイン7原則」を提唱しました。神戸市は、震災からの復興をめざすべく、ユニバーサルデザインの考え方をいち早く取り入れます。そして、その中でも私はファッションの分野でユニバーサルデザインが取り入れられないかと考え、ユニバーサルデザイン7原則をファッションで置き換えてみることにしました。
公平性は、誰もが着れること
自由さは、誰でも購入できること
単純性は、着やすい・着せやすいこと
わかりすさは、視認性が高いこと
安全性は、安心・安全であること
身体への負担の少なさは、体型にあっていること
スペースの確保は、使いやすい付属品が使われていること・適切なゆとりがあること
これらを取り入れてデザインするにあたり、高齢者や障がいを持つ人々のことをよく知る必要があったため、調査を実施しました。障がいを持つ人は、ポケットがたくさんついた服や安全性の高いもの、そして流行を取り入れたデザインを望んでいることがわかりました。また、既製服が最も合わないと考えられる高齢障がい者の体型計測を通して、衣服のデザイン研究も進めています。このような調査や研究により、新たな指針が見えてくる可能性もあるのです。
1996年には、制作した衣服を発表するために高齢者や身障者のためのファッションショーを実施しました。
衣服を着ておしゃれに過ごすことは、寝たきり生活の防止や日常生活のリハビリにも良い影響を与え、生活の質の向上につながることが明らかになったのです。また最近では、工事現場や高速道路の看板に見られるような誰もが見やすい配色で視認性を高めることや、反射材を用いた安全性に配慮したファッションなどを提案することで、社会課題をファッションの力で解決していきたいと考えています。
1973年、神戸市は「神戸ファッション都市宣言」を発表しました。“ファッション”をアパレルや服飾雑貨に限定せず、市民生活に基づいた衣・食・住・遊の各分野において新しいライフスタイルを提案する産業として発信することにしたのです。この宣言を受け、神戸では今年15年目を迎える「神戸モダンシニアファッションショー」が継続的に開催されているなど、さまざまな取り組みをおこなっています。
そんな中、デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)で実施しているのが「大人の洋裁教室(※1)」です。シニア世代のセンスや技術力を高めるとともに健康寿命を伸ばす足がかりも期待できるこのワークショップは、日本の伝統生地である「着物」の生地を用いて、自分に似合うデザインを選び現代服にリメイクするという、エコロジー思考と伝統文化の継承にもつながる内容となっています。参加者たちは同じ趣味を持つ者どうし交流を深め、製作したワンピースやシャツを着て、ファッションショー出演やポートレート撮影を経験しました。ファッションをきっかけに生活の質は上がり、ますます元気に暮らすことができるようになるのです。
また、「大人の洋裁教室」は洋裁技術を伝えていくリーダーを育てる講座にもなっています。自身の暮らしを豊かにするだけでなく、その技術をだれかに教えることで、同時にものづくりの楽しさも伝えることができます。2018年度に開催された「ちびっこうべ2018(※2)」は、「大人の洋裁教室」の受講生たちが初めて誰かに技術を教える機会となり、洋裁に興味を示す子どもたちが集まったワークショップでは未来の“洋裁マダム”たちが生まれました。この事例以外にも、「オープンKIITO」で製作物を販売するなどしています。現在、きたる高齢社会に向けてアジアの国々と情報交換をおこなっており、そこではユニバーサルデザインの視点から、またアジア地域の特性を取り入れたファッション教育の必要性が高いと考えられています。
2023年の「神戸ファッション都市宣言」50年に向け、私は高齢社会の楽しくクリエイティブな生き方を提案したいと考えています。若い世代の人々も、そのような高齢社会を見れば元気になり、未来を明るく捉えてくれるのではないでしょうか。本日のトークセッションが、ユニバーサルファッションの普及とアジア地域の活性化につながることを願います。
※1…シニア世代向けにKIITOが継続開催しているプログラム。詳細:http://kiito.jp/schedule/workshop/articles/37523/
※2…子どもの創造教育を目的としたプログラム。詳細:http://kiito.jp/chibikkobe/
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事業化への展望
どちらも高齢者を巻き込み、一緒にファッションをつくっていくという点で類似点のあるお二人。今回、台湾からゲストを招いて国外の事例を学ぶという目的もあったこのトークセッションですが、その中でも「事業化」がひとつのキーワードになるのではないか、と今回のモデレーターであるKIITO副センター長・永田宏和は言います。事業化することにより、今後活動が展開するための土台を築くことができるという見方ができますが、この点についてお二人のビジョンをうかがいました。
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呂さん
先ほど紹介させていただいたように、私たちの活動はスタート時から商品化を見据えているプロジェクトですが、アンケート調査や販売チャンネルの開拓など、考えなければならない課題はたくさんあります。その過程で当初の想定とはまた違った新しい方向性が見えてくる場合もあるのですが、実験感覚で、次のステップへ向けての足がかりにしながら進めている、というのが現状です。
見寺さん
私は大学に所属している身なので、学生への教育という側面が大きいです。ユニバーサルファッションの授業を受け持っていたり、「安全・安心」をキーワードにしたプロジェクトも担当しています。そういった取り組みが、将来的に産業界で活用されるのではないかと思っています。そしてもう一つは、「大人の洋裁教室」がコミュニティを基盤にして社会の中で技術をどう役立てられるか考えるプログラムになっているということ。「ちびっこうべ」で誰かに技術を伝えたという経験もそうですが、すでに地域で教室を開くなど「伝える」ことを実践する人が出てきています。プログラム自体が地域で活動するきっかけになっており、シニア世代が持つ潜在能力や「社会のために」という内なる使命感をこれからの神戸を動かす仕組みづくりに活かせないかと考えています。また、企業も高齢者を産業界の未来を前向きに捉えるためのいち人材だと認識しており、高齢者についての調査を進めています。このようなきっかけづくりが、KIITOを拠点に発信していけるとよいのではないかと思っています。
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台湾における、これからの高齢社会の在り方
見寺さんは、台湾の事例を聞いて非常に驚いたとのこと。「これだけ若い人々が今後の社会に向けて積極的に活動しているという事例は、日本でもまだ少ないのでは」。そこで、見寺さんから呂さんへ、これからの台湾の高齢社会はどうなっていくのか、どう在りたいと思っているのか聞きたい、と問いかけがありました。
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高齢社会についての調査から得たデータがあるのである程度予測できる部分もありますが、私としては、リタイア後に新しい第2、第3の人生を歩んでいく人々がいる社会であってほしいと考えています。
また、現在私たちが関心があって進めているデザインは、上海や香港で実践してみた事例もありますが、全てが今すぐに実現できるといったものではありません。ですから、高齢社会という未来に向けた取り組みが動いているということ、そして将来こういったサービスが享受できるという希望があることを認識していただければと思っています。
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人に寄り添う洋裁技術
最後に、会場からは家族の衣類事情に悩む声が挙がりました。
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私の姑は施設で車椅子を使って生活をしています。施設暮らしで足がパンパンに膨れてしまい、靴は一応履けますがなかなか足に合う靴下が無いのです。大きいものをなんとか履かせていている状態なので快適ではないでしょうし、ネットショップで探してみても、プレゼント向けの素材にこだわった靴下ばかりで強度がないものが多くて……同じような悩みを抱えている方の事例や、解決につながるアイテムがあればお聞かせ願いたいです。
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この質問に対しては、見寺さんがアドバイスしました。
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靴の問題も靴下の問題も、障がい者と関わる方からよく質問があります。結論から言うと、そのようなアイテムはありません。売上重視の既製品は、どうしても販売するサイズを絞らないといけないため、今回のお悩みのような特注サイズについては自身で対応するしかない、というのが現状です。今月から開催する「大人の洋裁教室3」でもちょうど「着る人に寄り添った洋裁」という回があるのですが、このような場をうまく活用して知恵を出し合うという方法があります。これからは、既製品をリメイクする工夫が必要になる時代だと私は考えます。
また、従来の靴下の概念からいったん離れてみてもよいかもしれません。生地を足の形に合わせて装飾を施したり、靴下も洋服の一部だと考えてデザインしてみてはいかがでしょうか。
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永田もこのアンサーに対し、自分も親族に身体が不自由な者がいて、排泄の処理をしやすくするために脱ぎ着させやすいズボンを探したがなかなか見つからなかったという実体験を例に挙げました。「身体に合う」デザインについて、たとえば「大人の洋裁教室」受講者が相談に乗ってくれるなど、技を持った高齢者の方が役割を担う場面が増えてくると新しい社会の流れができそうですね、と話しました。
“つなぐ”デザイン
台湾と日本、それぞれの事例の紹介に加えて、今後の展望についてもゲストお二人にお話しいただいた1時間半のトークセッション。最後は、モデレーターの永田が「つなぐ」という観点から締めくくりました。
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若い世代と高齢者がつながることで、集まった人々のあいだに交流が生まれたり、そして技術を後世に残すという点で子どもたちとの他世代間交流ができたりと、一つの要素だけではなく、さまざまな要因がつながることで多くの希望が見いだされるのだと感じました。
高齢者の方に「役割」をつくること。これが鍵なのではないかと思います。その役割が社会に対して意味を成したり、違う世代に何かを伝えていくことにつながる、といった事例が、後半のトークで挙がった事業化や商品化のような形で実現していけば、よりリアリティを持って場づくり、仕組みづくりへの足がかりにとなる。そして全く違う分野への展開というかたちでも、考え方の基盤になっていくのではないかと感じることができました。ゲストのお二人、KIITOの今後のコラボレーションにもつながればと思います。
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LIFE IS CREATIVE 展 2019〈高齢化が進む台湾の先進事例から学ぶ、連続トークセッション〉①についてはこちら
LIFE IS CREATIVE 展 2019〈高齢化が進む台湾の先進事例から学ぶ、連続トークセッション〉③についてはこちら
LIFE IS CREATIVE 展 2019〈高齢化が進む台湾の先進事例から学ぶ、連続トークセッション〉④についてはこちら
LIFE IS CREATIVE展2019についてはこちら
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photo:片山俊樹