お知らせ・レポート



KIITOが年4回発行する情報誌「KIITO NEWSLETTER」の最新号Vol.12が完成しました。

今回は、1月9日~31日に開催した「小森はるか+瀬尾夏美 巡回展 波のした、土のうえ in 神戸」の初日に関連イベントとして開催した、酒井耕(映画監督)さん、濱口竜介(映画監督)さん、小森はるか+瀬尾夏美、司会:清水チナツ(せんだいメディアテーク学芸員)さんによるトークイベントの一部を再編集して収録しました。

KIITO内や、全国の文化施設・教育機関などに順次配布していきます。ぜひ手に取ってみてください。PDF版も下記リンクからご覧いただけます。


KIITO NEWSLETTER
バックナンバーを含めたPDF版はこちら

デザイン・クリエイティブセンター神戸で、2016年3月に開催するイベントについてプレスリリースいたします。

プレスリリースはこちら(PDF)

2016年2月13日(土)

神戸スタディーズ#4 「”KOBE”を解す―せめぎあいにみる神戸の都市史」第3回トークセッション「過去から未来へ:まちの変わる契機(モメント)」を開催しました。

今回は、講師の村上しほりさんから、第1,2回の振り返りと補足をしつつまとめのレクチャー、最後に、モデレーターを務めるKIITOセンター長・芹沢高志とのトークセッションを行う回です。


モニュメント
第2回フィールドワークで注目した「モニュメント」について。
・神戸では、1960年代後半から大規模な彫刻展が開催され、積極的に「花と緑と彫刻のあるまちづくり」が推進されていたが、1998年に現代彫刻展は終了。
・主因としては、予算、公園における防災機能の優先化~各地の空地を復興用途で利用していく過程で、園内の彫刻がその場所にある必然性、メッセージ性が問われるようになったことなどが考えられる。
・1995年以降、各地に「震災モニュメント」が設置されるようになる。震災からモニュメントに対する認識の転換がおこったのか。

まちが変わる契機、災後の変化
神戸というまちの変化に影響したさまざまな出来事(戦災復興/三大水害/都心が東へ/山地を切り崩して臨海部の埋め立て地造成「山、海へ行く」/ニュータウン開発やポートピア81に向けた都市整備/震災/復興 など)を挙げ、その変化の契機について見ていきました。
・自然災害からの復興やその原因の克服は都市整備のモチベーションに。
・「復興」に際しては民間の力もたくましかったが、「官」が主体となって引っ張ってきた。それが復興のスピードを上げたともいえる。新しいことを、と走っているうちに、気がついたら過去が遠くなっていた、のではないか。なお、都市開発が急激に進む前には、民衆の間や人びとと行政との間のエネルギーのせめぎあいが目に見えて残っていた。過去の写真の建物の立ち方からも分かる。
・震災を契機として、集合的記憶の喪失というクライシスが実感された。
残し、伝えることの重要性の認識がなされ、そこから膨大な記録が生まれた(災後の記録だけでなく、災前の資料の救出・収集も)。

聞く力
トークセッションでは、集合的記憶を残す、という話をきっかけに、「聞く力」についての話になりました。

聞き取り調査などをするとき、人の記憶に比べ、この場所に何があったか、といった場所の記憶は、聞かないとなかなか自分からは出てこないのだそうです。その場所の建物が建て替わったりしてしまうとなおさら。また、資料なしに聞くと、事実と異なることが多いため、聞きたい時代についてあらかじめ調べておき、地図や写真などを準備した上で、さらに決して誘導はしないように気をつけながら質問を投げるのだそうです。
忘れたからといって、忘れたきりではなくて、何かが引き金になって思い出すこともある、とのこと。

思い出すきっかけの他に、語るきっかけについても言及されました。
歴史化されるタイミングとは何だろう。伝えたいと意識するのはどんな時なのか?
村上さんの調査のなかで「震災があったから、戦後のことを話す気になった」という人が複数いて、「戦後の振り返りのために商店街の資料を集めていたけれど、持ち出せなかった」という話もあったそうです。
95年はちょうど戦後50年の年。節目の年に、自分の振り返りをしようとした矢先に震災があった、ということが、喪失感をより大きなものにしたのではないか、と二人は考察します。


サラエボ・サバイバル・ガイド、発見された1958年の広島のスナップ
また、芹沢からは、これまでの3回を経て浮かんできたという『サラエボ・サバイバル・ガイド』、エマニュエル・リヴァの写真集についてなどが話されました。

・村上さんのお話や写真から、神戸の特徴を改めて感じた、これまでの神戸スタディーズで、兵庫津の方をまわるフィールドワークを行った時も感じたが、歴史的な遺構のようなものが、ずいぶん目立たなく、あっさりしているのが印象的だった。失ったものを再建するのではなく、次に進む、という考え方なのだろうか、びっくりするほど残っていない。
・サラエボの都市インフラが止まった時、TVプロデューサーのスアダ・カピッチが、ミシュランの都市ガイドの形式をまねて、『サラエボ・サバイバル・ガイド』という本を作った。カピッチは「ハード・ウェアは破壊されたが、ソフト・ウェアが生き延びた」と言っている。自分たちの文化的な記憶、昔ながらの野草を使った料理法、暖の取り方など、ものがなかったころのソフトをしたたかにユーモラスに再生していく。
・1958年のフランス映画『ヒロシマ・モナムール(邦題:二十四時間の情事)』に出演した女優のエマニュエル・リヴァが撮ったまちのスナップが、何十年後かに発見されて写真集になった。その写真が、人がさまざまなことを思い出すきっかけになったという話を聞いたことがある。写真が大きな引き金になっている。


今回も時間いっぱいまでトークセッションが続き、質疑応答の時間が短くなってしまいました。アンケートからも関心の高い参加者が多く、聞きたいことや話したいことがご自身にもある方が多かった企画だったことがうかがえましたので、今後機会があれば、参加者とのトークセッション中心の回を設けるなど、構成を検討したいと思います。

神戸スタディーズ#4は今回で終了です。これから本企画の内容をまとめた成果冊子を制作します。参加出来なかった方も楽しんで読めるような構成を検討していますので、ご期待ください。


神戸スタディーズ#4 「”KOBE”を解す―せめぎあいにみる神戸の都市史」
開催概要はこちら

デザイン・クリエイティブセンター神戸で、2016年3月に開催するイベントについてプレスリリースいたします。

プレスリリースはこちら(PDF)

デザイン・クリエイティブセンター神戸で、2016年3月に開催するイベントについてプレスリリースいたします。

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2016年2月6日(土)

神戸スタディーズ#4 「”KOBE”を解す―せめぎあいにみる神戸の都市史」第2回フィールドワーク「商業のまち・復興のまち 三宮」を開催しました。

今回は、第1回の概論で学んだことを頭に置きつつ、実際に三宮を歩きながら、まちの中にあるしるし・痕跡を探して、都市計画やまちの変化を知る回です。

最初は、KIITOにて、講師の村上しほりさんからミニレクチャーです。これから歩くエリアの昔の写真をまとめた小冊子と、1995年2月に神戸大学建設学科調査班によって調査された被災度を色分けして示した地図、1936年制作の手書きの住宅地図も配られました。各種の資料をつきあわせながら、実際のまちを、下記のルートで歩いてきました。

KIITO
外に出る前にKIITOに残る痕跡(第1回レポート参照)も確認しました。
旧生糸検査所の建物は、戦後、GHQから1945年9月25日までに明け渡し命令が下り、横浜生糸検査所に続いて接収されたそうです。2,3,4階は、生糸輸出の復興促進が渇望されていたこともあり1946年に段階的に返還されていくものの、1階の大部分は室内遊技場として使用され、1952年5月に講和条約が発効されるまで返還されなかったとか。


みなとのもり公園
JR貨物神戸港駅の跡地。駅は2003年まで存在していましたが、震災復興事業の一環として、神戸震災復興記念公園となりました。防災設備が整備されているほか、「ニュースポーツ広場」という、スケートボード、インラインスケート、BMX用施設があって、多くの人で賑わっています。神戸港駅時代のレール一部、時計、安全の鐘をモニュメント化して残しており、駅であった時の記憶も留めています。

東遊園地
1868年に外国人居留遊園として開園した場所。さまざまなモニュメントが設置されています。4グループに分かれて、それぞれにiPadを渡して、見つけたモニュメントの写真を撮ってもらいました。
「慰霊と復興のモニュメント」は誰もが知るところですが、改めて探してみると、知らなかったモニュメントがたくさんありました。「ボウリング発祥の地」「神戸復興都市区画整理事業」「水道給水開始30年」「モラエス翁像」「没後200年記念モーツァルト像」「日本近代洋服発祥の地顕彰彫刻」「日本マラソン発祥の地」「加納宗七の像」「命の灯台」ほか、震災による地盤沈下の保存、ブリスベンから贈られた銘板、(三木瀧蔵氏が神戸生糸取引所理事長退任時に寄贈した)噴水、震災復興の願いを込めイタリアのオリーブ協会会長から寄贈されたオリーブの記念樹、等々。


神戸市庁舎展望ロビー
24階の展望ロビーから、今の三宮のまちの眺望を、1960年、1995年といった年に撮られた戦後、災後の写真と見比べました。


三宮駅前~三宮センター街~センタープラザ
駅前は闇市がずらりと並んでいた写真と比べると大きな変化です。そごうは、震災時は新館と旧館をつなぐところが完全に崩れ落ち、大きな被害を受けたそうです。センター街は、戦後焼け野原の中から闇市が出来て、それに対抗するようなかたちで出来たものだそう。当時は土の道で、よしずを張って日を避けてアーケードのようにしている写真があります。
センタープラザ西館の場所にあった公設三宮市場が、再開発時に地下におさめられたというエリアも通りました。


生田筋~東門街~三角マーケット~ムスリムモスク
1965年に台風で東門街のアーチが倒壊して危ない状態になっている写真と見比べました。東門街をしばらく上がってから東側へ入った路地に「三角マーケット」があります。1935年ごろにできた市場とのこと。設立当時も北野や山本通には外国人が多く住み、彼ら向けの商品も多く扱われていたそうです。戦中には全焼、戦後に再建。のちにテナントビルになり市場の店舗も入りつつ営業が続けられましたが、震災でビルが全壊した後の建て直し期間に店舗が離れていき、今は数少ない店舗が営業するのみのようです。
ムスリムモスクは1935年に建てられた日本初のモスク。戦災にも震災にも耐えたそうです。今回は外から見学するのみでしたが、個人での見学は自由にできるようです。


C.A.P.
坂を上がっていくと、旧移住休養所だった建物が、海外移住と文化の交流センターとして活用されている場所があります。館内でさまざまなアートプロジェクトを運営するC.A.P.(芸術と計画会議)の事務所前のラウンジ的なスペースをお借りして、休憩しつつ、東遊園地で撮影した写真をみんなで見て、感想を共有しました。
撮影するものは重なっていても、そこで感じたことやめぐらせた想像がそれぞれ異なり、視点が広がります。
モニュメントの中には「5:46」で止まった時計も止めた時計もある、痕跡が「ない」ことを感じられるか、といったそれだけで掘り下げてみたいトピックも出てきました。また、国際マーケットがあった駅東側、阪高橋脚など、ほかにも足を向けたいところはありましたが、今回はここまでで終了としました。新開地など他のエリアも回ってみたい、という参加者の声もありましたので、次の機会への期待も残しつつ、次回はトークセッションです。


神戸スタディーズ#4 「”KOBE”を解す―せめぎあいにみる神戸の都市史」
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2016年1月27日(水)

神戸スタディーズ#4 「”KOBE”を解す―せめぎあいにみる神戸の都市史」第1回目レクチャー「概論:近現代神戸 都市(まち)のなりたち・人びとのくらし」を開催しました。

「神戸スタディーズ」は、さまざまに語られる神戸というまちのイメージをあらためて考えるため、多様な専門分野の方を講師に迎え、これまでなかった視点で神戸を見る「神戸学」をつくる試みです。デザインセンターではなかなか扱われることのない、地形、地質、社会学などの視点から、自分たちの足元の土地を見つめることで、デザインやアートを考えるための土台にしていこうというものです。
レクチャー、フィールドワーク、トークセッションの全3回で構成する今回は、近現代神戸の都市史を専門とする、研究者の村上しほりさんをお招きして、まちの痕跡や人びとのつながりを手がかりに、神戸を解(ほぐ)してみます。


第1回は概論です。村上さんが8ページにわたる詳細なレジュメを用意して配布してくださいました。そもそも都市史って何?というところからはじまり、レジュメと、豊富な資料画像のスライドとともに、近現代神戸を丁寧に概観していきました。

レジュメは、今回の神戸スタディーズのタイトルに含まれる「せめぎあい」を連想させ、都市史のおもしろみに引き込まれるテキストから始まっていました。

―「都市」とは多様な人びとの居住の場である。その変化は激しく、あっという間に更新されて、気が付いた時には前の姿を思い出せないこともある。さまざまな人びとが集まり暮らすということは、新たな交流が芽生えたり、各人の利害が衝突したりする可能性を抱えている。― (レジュメより)


レジュメとレクチャー内容からいくつかピックアップします。

「神戸イメージ」・・・戦後から現在までの観光案内や、神戸を語ったエッセイを参照し、記述されるさまざまな「神戸」を見ていきました。観光案内には「国際的な観光都市」「オシャレで異国情緒あふれる」、1965年の陳舜臣のエッセイには、駅前に密集する木造家屋やバラック飲食街が描かれています。

「戦後、災後のまち」・・・村上さんが特に研究されている闇市については、とりわけ時間が割かれました。
その発生と変容、報道のされ方、語られ方(社会政策学者か、社会学者か、ジャーナリストか。批判的な見方と評価する見方で対照的。誰の目線で描かれるかによって異なる印象を与える)。村上さんは戦後1945年~50年の神戸新聞地方面を通読して復興の推移を調べたそうです。合わせて居酒屋、飲食店の推移についても見ていきました。

「進駐軍と神戸のまち」・・・なかなか語られることのない、戦後、進駐軍が占領していた時期についても丁寧に調査されています。
イースト・キャンプの敷地確保のために、葺合区の対象地域に居住する132戸のバラック生活者が、1週間で立ち退きを要求されたことがあるそうです。

接収時のKIITO(旧生糸検査所)についても興味深い資料を示してくださいました。
この建物は、1階は室内運動場としてバスケットボール、バレーボール、テニスなどの設備があり、読書室、音楽・映画も楽しまれていたそうです。「レッド・クロス」という喫茶スペースがあり、セルフサービス式で、無料でコーヒーやドーナツが楽しめたとか。1945年10月28日の神戸新聞地方面で6分の1ほどのスペースで写真付きで紹介されていました。
1階の地下へ延びる階段(現在は埋められている)の梁には、かなり薄くなっていますが「OFF LIMIT」「SPECIAL SERVICE OFFICER」というサインが残っています。(来館時に探してみてください!)


近現代の神戸の歴史というと、広く関心を集めるテーマなのか、参加申込も多く、当初の定員よりも多くの人数を受け入れました。
お馴染みと思われるテーマであっても、なかなか目を向けられることのなかった、占領期や闇市についてを村上さんならではの丁寧なリサーチにもとづき見ていく時間はとても興味深いものでした。開催後の来場者アンケートでも、「知らなかったことを知ることができた」「見た事のない資料や情報が見られておもしろかった」といった感想が複数見られました。

モデレーターを務めたセンター長の芹沢高志からは、最後に村上さんのレクチャーの中で出てきた「港にはいいものも悪いものも入ってくる」、「闇市は誰の目線で描かれるかで異なる印象を与える」といった印象的な言葉を取り上げ、神戸にはイメージの中で作り上げられた一元化した極端な像がある、過度に思い込むことで偏った見方が出てくるが、そういうところを村上さんのような若い研究者が冷静な視点で見ているというのがおもしろい、とコメントが。今回はレクチャーに比重を置いたので、二人のトークセッションは第3回の楽しみにして、この次の第2回は、三宮を対象にしたフィールドワークを行います。



神戸スタディーズ#4 「”KOBE”を解す―せめぎあいにみる神戸の都市史」
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デザイン・クリエイティブセンター神戸で、2016年2月~4月に開催するイベントについてプレスリリースいたします。

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2016年2月2日(火)

 
11月からスタートした公園ゼミも、最終発表会となりました。講評には、中間発表でもご意見をいただいた、対象公園の公園管理をしている地域の方、神戸市建設局公園部計画課の方に参加していただきました。各班工夫を凝らした発表で、さまざまなアイデアが提案されました。

 
A班
健康とは何かをもう一度考えた。いくつになっても誰かから必要とされる、ニーズがあるということが、健康に暮らしていく源になるのではないか。いくつになっても自分の特技を生かせることが重要。地域に特技を持った人を発掘する仕掛けも必要である。発掘した特技や才能をつなげ、届ける仕組みを考え、「SATOYAMA ART WALK」「PARK SUMMIT」の2つを提案した。
「SATOYAMA ART WARK」は、すでに地域で行われているウォークラリーを活用し、さらに公園の里山活動とも連携していく。里山活動で出る廃材を資源として活用したミニイベントを一般公募し、コース随所で展開。アフターイベントとして、当日の様子の写真や作品を展示し、アーカイブできる仕組みを構築。ミニイベントアイデアは、落ち葉のマットでヨガ教室、地元のお医者さんによる森の中での視力検査、ボーイスカウトによる伐木で炊き出しなど。周辺の芸術系大学や福祉施設との連携も図る。
「PARK SUMMIT」は、活動的に公園を管理している団体の人たちが手を組み、結成される。地域にいる様々な才能を持った人たちをイベントで発掘し、その人たちを他の公園の地域のつなぎ役として連携していく仕組み。また特技を持った人を「公園マイスター」として認定する制度を設け、発信していく。
特技を持った人を発掘する「ART WALK」と必要な人をつなげる「PARK SUMMIT」という2つの仕組みが合わさることで、どこにでもある公園が、それを通してつながり、続いていく、未来の公園機能となる。

講評|
地域住民
12月の中間発表の時は論理的なもので、私の考えと共通するところが多く、それが最終発表では具体的な提案がなされ、参考になった。いろいろな特技を持った方は、我々の地域にもたくさんいる。昔の暗くて怖い森は、ずいぶん明るくなり、環境が整ってきたので、これから具体的にどうするか考えているところである。桜の木があるので、4月には総会を公園でやりたいと思っている。また地域で行われているお琴教室の先生に相談し、公園で演奏会も検討中。公園が楽しく集まれる場になるようにしていきたい。ウォークラリーの提案の中にあった、心拍数を測る、森の中での視力検査、地域にもお医者さんがいるので、ぜひ次回の開催に向け提案してみたいと思う。とても参考になった。

神戸市建設局公園部計画課
とても有意義で参考になった。まず感じたのは、公園を単体で考えるのではなく、地域のネットワークの中で考えていくところが印象深かった。公園を拠点にしたアートウォークラリーは、公園を活用していくことで、公園の資産価値を高めていくことにつながると思う。ネットワークを形成し、それぞれの強みを共有していくことで、地域全体のまちづくりにつながっていくと感じた。地域の公園でチャレンジしてみたいことは、どんどんやってほしい。既成概念を取っ払い、地域のために公園をどう使ったらいいのか、それをどう伝えていけばいいのか、発表を聞いて大きなヒントを得た気がする。

永田
なかなか見えていないだけで、活発に活動している公園は、今の時代だからこそあるのではないか。同じやり方ではなく、それぞれの地域、公園で特徴があり人も異なる。対象公園には植物に詳しい方がいる。他の地域で、そのような方がいなければ、教えに行くこともできる。マイスター制度も、具体的な部分は検討していかなければいけないが、シニアの方たちをはじめとして、人々が誇れるものになるとよい。

 
B班
対象公園の魅力は、やはり森である。この森の活用を通じて、高齢者や若者が世代を越えて学び合う場をつくることを提案する。森の整備は現在、公園管理をする団体が行っているが、整備や管理と次の世代へ引き継ぐ、伝えることも同時に進めていく必要がある。みんなで森について考える場を設けることで、新しい世代の参加や交流を増やせるのではないか。この企画を「森づくり大作戦」と名付け、公園、森での活動の見える化、みんなが参加したくなる環境づくりをコンセプトに実行する。まずは、話し合う場づくりとして、間伐作業で出た木材を利用し、イスを作る。この際には、KIITOのクリエイターのネットワークを活用し、建築家や家具職人などに指導を仰ぐ。さらに、伐採した竹を使い、竹グルメイベントを開催。食を通してつながりを生み、次へのアイデアを検討する。この対象公園の森には、様々な動植物が生息しているため、森の動物図鑑看板づくりをする。森での活動をするたびに、公園内動物の情報やイラスト付き看板を設置していく。
公園での活動を通して、森の知識を学び、管理にも新たな世代の視点を取り入れ、活気ある交流の場を創出していく。高齢者と若者が相互に学び合い、新たな生きがいや地域の役割を発見することで、豊かな生活を実現する。

講評|
地域住民
12月の発表の際は、こんな事をして遊ぼう、あんなことしたら楽しいのではないか、と盛りだくさんな提案であったが、最終発表は地元目線な提案で、とてもよかった。楽しいことも大切であるが、まずは正しくなければいけない。対象公園は、自然が大きい部分を占めているため、自然に対して、正しいことが重要で、その後に楽しさがある。次世代への継承部分は特に共感できた。公園だけでなくまちづくり全体に言えることだと思う。活動の見える化はとても大切なことである。見える化することで、今まで参加できなかった人も振り返ることができる。この公園には真竹がたくさんあり、何とかしなければいけない。竹を切るのは比較的簡単であるが、切った後が問題であり、ゴミにするのではなく、資源にするために、竹イスづくりは良いアイデアだと思う。竹グルメについても、地域にパティシエもいるので、先の話になるかもしれないが、実現したい。動物図鑑も地域の子どもたちと一緒に考えていきたいと思った。

神戸市建設局公園部計画課
「環境」「きっかけ」「足跡」の3つのキーワードをセットで考えているところが良い。環境は、まずそこへ行きたくなるようにしていかなければいけない。イベントもただ楽しむだけでなく、きっかけのために実施し、地域の人が公園へ愛着を持ってもらえるように行っていかなければいけない。継続はとても重要である。どのように継続させていくのか、回を重ねることで悪くなっていくようではいけない。1つの活動が長く続いていく提案が印象的であった。公園の大きな資源を生かし、若者を呼び込み、地域の高齢者との交流を持つことで、活性化していくのではないか。何をするにも地域の協力が不可欠である。

永田
作戦会議の場をどうつくるかということも提案次第だと思う。自分のイスをつくることで、場づくりから人を巻き込んでいく、料理も同じようなことである。たくさんの人が集うこと、みんなでワイワイと楽しい作戦会議の場をどうつくるかについてのアイデアだと思う。

 
C班
公園が地域の住民にとって、コミュニティを形成するにぎやかな場であるべきだ。健康といっても、心の健康、体の健康、場の健康などいろいろな見方がある。これらのバランスが取れた状態が健康と考える。現在の公園管理を始めた約2年間の活動を大きなカレンダーにまとめた。今までの活動を称えると同時に、どうやって公園に人を集めていくのか、未来のカレンダー20XX年として制作した。
場の健康として、公園の稼働率を上げるために、軸としてイベントを1年通して行う。まずは拠点づくりが必要。神戸市内で実際に行っている活動のリサーチも行い、さまざまな活動をしている団体がいくつも見つかった。このような先駆者たちを巻き込んでいきたい。拠点基地づくりから始まり、ファームづくり、春の野菜栽培、公園整備として行っている間伐作業で出た資源を農機具などに活用。里山を生かした子ども向けのワイルドな遊びも。つる科植物の除去の時期には、草木染イベントを行う。6月にはファームの収穫祭。前回の公園ゼミで生まれたピザ窯も活用できないか。夏休みには、星空観察会、星空映画祭。9月、防災の日を絡めた防災バーベキュー。10月、収穫祭に合わせて夜の音楽祭。11月、木こりサミット。12月、KIITOを会場にパークサミットを開催。市内各所で活発に活動する団体が集まり、自分たちの活動を称え、自慢し合う場に。
公園と健康を考えるということは、未来を考えることではないか、それで未来のカレンダーを制作した。カレンダーの中の企画が盛りだくさんになっているが、全て実行するのではなく、地域の方が実施したいと思うきっかけになればと思う。

講評|
地域住民
地域の中には、この公園を知らない方もいる。このゼミの参加者は、特にこの公園に縁もゆかりもない、そんな方々が、未来を見据え、ここまで考えていただき、涙が出るほど感動している。これらの提案をぜひ地域のみんなに今日の話を見てもらいたいと思う。8月に行っている定例の集まりでは、毎年勉強会をしているので、その場でお話しいただきたいと思った。私たちは地元の人間として公園を見ているが、みなさんは少し違った切り口、視点で見ている。里山づくりだけでなく、まちづくり、地域づくりに直結する話である。

神戸市建設局公園部計画課
手作り感満載で、とても分かりやすい発表であった。「みんなで育てることを、みんなでつくる」ということが良く理解できた。提案の中で特に良かったと感じたのは、20XX年の未来カレンダーである。さまざまなアイデアを出し、こんなことができるという提案が参考になった。公園の可能性を地域の方々にどうやって感じてもらえるのか、まずはチャレンジしてみようというアクションにつなげることが大切である。

永田
パワーポイントを使う発表が多い中、このような大きなカレンダーを制作し発表したところが評価できる、このカレンダーをそのまま地域に持っていけるのではないか。またこれを使えば、B班の提案にあった、森の作戦会議ができると思う。企画、アイデアに触発され、これをやりたいと地域から声が出るのではないか。これらのアイデアがただの思い付きではなく、参考の活動情報が合わせて掲載されている部分はリアリティがあり、説得力がある。これだけのことを神戸で活動している団体があるということは、パークサミットにもつながると思う。今は学び合いの時代だと思う。新しいことを行うだけでなく、すでに行っている活動を知り、教え合うようなつなぎが重要。

 
総評|
地域住民
とても新鮮でした。私たちは理系のアプローチで公園管理を今まで行ってきた。皆さんの提案は文系のアプローチの仕方だったのではないか。感心した部分は、リサーチをしかりしている点である。リサーチがしっかりしていれば、地に足のついていない提案になってしまう。リサーチによって、提案に説得力があった。切り口、視点がそれぞれ異なる提案で、大変参考になった。パークサミットもぜひ開催してほしい。

神戸市建設局公園部計画課
神戸市の公園を管理している立場からお話しを聞き、行政の限界も感じた。行政だけで公園をいじることは時代遅れである。地域と連携し、活動を行っているが、もっとプラスの部分がまだまだ公園には必要ではないかと感じた。地域と行政の協働はしていたが、+αが必要で、それがKIITOで活動しているゼミ生や公園をあまり活用していない方ではないか。我々もたくさんのヒントを得ました。行政としてこれからも公園をどのように使い倒していくのかが課題と感じました。公園はまだまだポテンシャルのある場所なので、これからも協力してほしい。

永田
公園、高齢者、健康がテーマであった。はじめは高齢者と健康ということで、流行りの健康器具を公園に置く方向に行くのではないかと思ったが、全ての班が、どちらかというと、高齢者が健康であることを、「地域の公園を舞台に、活躍の場、生き生きと活動するフィールド」と設定をして、そのための仕組み、どのような学びが必要なのかを考えていった。時代の流れもあるが、本質を突いているのではないかと思った。高齢社会になり、その人たちがどう活動して、どう生きがいを持ち、活躍の場をつくっていくかという、その中に、公園があるのではないか。未来志向型の良い提案ができた。個人としてはパークサミットを実現したいと思っている。今回のテーマは難しかったが、どの提案も地域に寄り添ったものであり、私もうれしかった。

11月からスタートした公園ゼミは今回で終了しますが、地域の方からご提案いただいた、対象公園地域での発表会の実施に向け、よい形で今回の提案が実を結ぶよう進めていきたいと思います。

+クリエイティブゼミ vol.18 まちづくり編 これからの公園のあり方について考える part.2「公園×健康」
http://kiito.jp/schedule/seminar/article/14882/

2016年1月30日(土)、31日(日)

セルフ・ビルド・ワークショップ 「余白不動産-余白につくる小さな建築」の第3,4回目を開催しました。

「余白をDIY - 小さな建築を建てる」とした今回は、チームに分かれ、これまで考えてきた建築物を、いよいよ実際に制作する時間です。2日目には、ゲスト講師のNO ARCHITECTS・西山さんも駆け付けてくださいました。

前回との間に、講師のRAD・川勝真一さんと有志で予備設計作業の時間を設けました。この時間でアイデアがかなり具体的になったおかげで、必要な材料を用意して当日に臨むことができました。


「ラジオ収録ができるブース」

radio

閉塞感がないように、角材で作るスリット状のパーテーションになりました。カーブを描いていて、可動性があり、軽やかなデザインです。仕事や学校で建築に関わっている人が多く、安定感のあるチームでした。


12 x 60 x 4000 mmの平たい角材を2mにカットして、片面を黄色に塗装していきます。
必要数100本。その後は、間をつないでカーブを形作る短い材料を量産。ひたすら単純作業が続きます。
電動工具(丸ノコ、インパクトドライバー)、塗装道具(ハケ、ローラー)などの道具は、使い始める前に、川勝さんから丁寧なレクチャーがありました。ボタンを押せばすべてOK!ではなく、道具の役割や特徴を知って安全な使い方を覚えることがDIYの第一歩です。


どうやって角材をつなぐのか?川勝さんから、布を貼ってつなぐ方法のアドバイスがあって採用されましたが、DIYの最中でも悩みつづけている様子でした。上部のカーブをどのような曲線にするかも、実際にイスを置いてみて、座った時に顔がどのくらい出るのかをシミュレーションしつつ、慎重に考えました。「ラジオブース」だから、電波みたいなかたちにしよう!という楽しいアイデアも。


パーテーション関連の作業が多く、テーブルをどう作るかが後になっていましたが、量産した片面黄色塗装の材料を重ねて、小口が天面になる、個性的なデザインのテーブルが仕上がりました。余った材料を利用してその場のアイデアで作ってしまう、というのもセルフビルドの力がついてきた証、と言えるかもしれません。


「アナログゲームルーム」

radio

ゲームルームには、カードをめくりやすい天板のテーブルと、座りやすいイスが必須として考えていましたが、設置予定場所の北玄関が実はそんなに広くなかったことと、避難経路になっているために、真ん中に立派なテーブルを据え付けにすることはできないことに、予備設計作業時に気づきました。そこで、L字型のパーテーション兼棚のようなものを作って、いつでもテーブルとイスが出せるような場所にしよう、という発想の転換がなされました。
1日目は棚を作るための部材カットと組立てです。L字のパーテーションで、短い方(=テーブルの天板がしまえる壁)、長い方(=イスが収納できる棚)それぞれ構造が違うので、カットする材料も違います。


棚におさめるイスの作り方とサイズにたいへん悩み、かなりの時間をかけました。DIY初心者の手による棚は、どうしても縦横のサイズがまちまちで、そこに収納できるイスを作ろうと思ったら、その、サイズがまちまちのどの棚にも入るようなサイズを考えて作らないといけません。また、長時間、他のことを気にせずゲームに没頭できるように、疲れないイスの高さは何センチだろう??と、試し座りを何回もして、慎重に高さを決めました。


テーブル天板を収納する、短い方のパーテーションのパネルは、骨組みをほぼ組み立てたところで、かなり歪んでいることに気が付き、半分以上一度解体するという事態が起きました。木材の反りに注意しながら、どういう順番で組み立てるべきかをチームで話し合いながら再度組み立てていきました。

※もうひとつ「小商いができる受付カウンター」を制作する予定でしたが、当日の参加人数不足のため、上記2チームに混ざってもらうことにして、残念ながら制作は断念しました。



2日間とも時間を延長しましたが、なんとか最後まで仕上げることができ、1人ずつ感想を述べて、講師のお二人から総評をもらって終了しました。ふだんはなかなか機会のない、大きな構造物をつくること、チームでの作業が楽しく、達成感があった、感動した、という感想が複数ありました。クライアント(借り手)がいる状態で建築物を考えること、設計からやること、余白の利活用という視点を持つこと、といった経験も学びが大きかったようです。

本ワークショップのプログラムはこれでいったん終了となりますが、この後は、余白不動産の活用アイデアを出してくれた借り手による、実際の運用を試み、余白不動産を発端としたKIITO内のコミュニティ醸成を目指します。



セルフ・ビルド・ワークショップ 「余白不動産-余白につくる小さな建築」 
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